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世田谷国公法事件に不当判決               かけはし2008.10.6号

公安警察擁護する東京地裁

「公務員の政治的中立」を口実
に共産党の選挙活動妨害ねらう



 九月十九日、東京地裁は、元厚生労働省職員の宇治橋眞一さんが休日に「しんぶん赤旗」号外を警視庁の職員官舎で配布したことが国家公務員法違反(政治的行為の制限)だとして罰金十万円の不当判決を出した(世田谷国公法事件)。明らかに地裁は、予定されている衆院選挙における公務員の政治活動規制の効果を演出したのである。世田谷国公法不当判決を糾弾していこう。

官舎ビラ入れに
住居侵入で逮捕

 二〇〇五年総選挙の最終日の九月十日、宇治橋さんは、世田谷区内の警察官官舎に「しんぶん赤旗」号外を配布中、官舎に住む警官の通報によって駆けつけた制服警官に住居侵入容疑で現行犯逮捕されたが、拘置が認められず釈放された。しかし検察は、九月二十九日、国家公務員に対する政治弾圧を強化していくためのバネとして位置づけ国家公務員法違反(政治的行為)で在宅起訴したのである。
 判決は検察側の主張をほぼ全面的に取り入れ、憲法で保障された思想・表現の自由を否定し、日本共産党憎しに満ちた挑戦的な性格に貫かれている。
 地裁は、被告の「休日に職場と離れた場所で職務と関連のない文書を配布しており、公務とは無関係」、「勤務時間外に私服でビラを配っただけ。なんら犯罪行為ではなく、行政の中立性を損なう危険もなかった」、「国家公務員の政治活動を制限するのは『表現の自由』を保障した憲法に反する」という主張をことごとく退けた。
 判決は、共産党号外配布が衆院選投票日前日だったことを取り上げて「特定政党のための直接かつ積極的な支援行為」だったと共産党敵視を前面に押し出し、「衆院選前日に相当枚数を配っており、公務員の政治的中立性に強く抵触する」と認定した。そのうえで「公務員の政治的行為を一定の限度で禁止することは、憲法上許容される」と居直る有り様だ。
 さらに地裁の不当な論拠を正当化するために郵便局職員の選挙活動を違法とした猿払事件最高裁判決(一九七四年)を動員してきた。国家公務員に対する政治活動規制の不当性が明白であり、憲法違反であるにもかかわらず、「有力な学説からも厳しい批判が加えられている」などと理解を示すポーズをとりながら、「合理性を欠くとはいえず、同種事案の解決の指針として確立している」「政党の機関紙配布は法が制限する『政治的行為』の中でも政治的偏向の強い類型に属し、自由に放任すれば行政の中立的運営に対する国民の信頼が損なわれる」と暴論を展開し、どう喝する。休日に職場と関係のない地域でのビラ配布行為が、どのように「行政の中立的運営」が損なわれるというのだ。
 あげくのはてに猿払事件最高裁判決では四人の裁判官による「公務の中立性をどれだけ侵したかで判断すべきだ」という反対意見を具体的に検証することもなく切り捨て、「下級裁判所としては同判決を尊重すべき立場」だと述べ、裁判所の任務放棄を隠すこともなく強調するほどだ。

警視庁公安部が
指揮し違法捜査

 厳しく批判しなければならない第二点めは、共産党を監視し、組織破壊を目的とした警視庁公安総務課が中心になっていたにもかかわらず、判決は、「公務員の政治的中立性と強く抵触するものであったことなどを総合すると、被告人の本件犯行は、この種事犯の中では、相応の捜査価値、起訴価値をゆうするものであったということができる」とバックアップし、「訴追裁量権の逸脱があったと評価することはできない」とバッサリ切り捨て、(公安政治警察の捜査が)「日本共産党に対する差別的な取り扱いに基づくとはいえない」と述べ防衛するのだ。だめ押しで「本件捜査が、警視庁公安総務課が主体となって行われたとの弁護人の指摘を考慮しても、この結論は左右されない」などと、そこまで言うかというほどの公安政治警察防衛論を展開する。
 裁判では警視庁公安部公安総務課の寺田守孝警部が証人として出廷し、事件時、世田谷署に派遣され、事件捜査の指揮をとり、同署に「捜査本部」を設置していたことを証言している。なんとこの寺田警部は国公法弾圧堀越事件で活躍しており、強引な違法捜査の手法を世田谷事件でも再現したのである。
 そもそも通報した警官は、「しんぶん赤旗」号外を配布していたから世田谷署に通報している。そして、総務課を先頭に公安弾圧事件として立件扱いにしたのであった。つまり、共産党をターゲットにした公安警察の明白な政治弾圧であるにもかかわらず、地裁は共産党憎しのトーンで判決を構成し、みえみえのウソを披露しているということなのだ。公安警察を防衛する地裁を許してはならない。

相次ぐ弾圧に
反撃の陣形を

 公安政治警察は、〇四年〜〇五年にかけて戦争ができる国家作りの一環である治安弾圧体制の強化のために市民運動から共産党までも対象にした弾圧シフトを敷いた。同時に司法権力は、立川反戦ビラ入れ最高裁不当判決をはじめ葛飾ビラ弾圧事件、堀越明男さん国家公務員法(政治活動の制限)弾圧事件、板橋高校卒業式事件に対して立て続けに反動判決を出し、その定着化をねらってきた。地裁による世田谷国公法弾圧事件不当判決は、堀越国公法事件とともに反動判決を再度出すことによって公務員の政治活動への規制を強化していくことをねらった政治的判決である。
 堀越国公法事件の〇六年六月の地裁判決は、罰金十万円、執行猶予二年だったが、世田谷事件判決では執行猶予をつけず、実質的量刑を重くした。このような司法の反動化を許さず、攻撃性格を社会的に暴き出し、全国的なスクラムで包囲していこう。(遠山裕樹)




日朝ピョンヤン宣言6周年集会
市民の力で日朝国交正常化の早期実現をめざすキャンペーンを

 九月十三日、文京区民センターにおいて、「制裁を解除し、日朝正常化早期実現へ!9・13キャンペーン」の主催で、日朝ピョンヤン宣言6周年集会が行われた。
 二〇〇二年九月十七日に、小泉純一郎と金正日の両首脳はピョンヤンで会談を行い、「日朝間の不幸な過去を清算し、懸案事項を解決し、実りのある政治、経済、文化的関係を樹立することが、双方の基本利益に合致するとともに、地域の平和と安定に大きく寄与するものとなるとの共通の認識を確認した。……双方は、相互の信頼関係に基づき、国交正常化の実現に至る過程においても、日朝間に存在する諸問題に誠意をもって取り組む強い決意を表明した」とする前文から始まる、「日朝ピョンヤン宣言」を発表した。
 それから六年、この日の集会は、いくつかの視点から問題提起を受けながら、日朝国交正常化にむけた運動の意義を確認し、引き続く運動の課題を明らかにしようとするものとなった。
 集会はまず、9・17キャンペーン事務局で日韓ネット共同代表の渡辺健樹さんが、主催者を代表してあいさつを行った。渡辺さんは「日本での拉致問題が対北朝鮮挙国一致的状態をつくり出して、日朝関係が前進していない状況」を指摘しながらも、「六カ国協議、米朝会談を注視しつつ、日本での超党派の日朝正常化のための議員連盟の動きもあり、正常化のための声を上げていくことは重要だ」と語り、「韓国の運動体もアジアの平和のためにも正常化が必要だとしている」ことを紹介した。
 次に「八月訪朝報告と日朝正常化の課題」というテーマで、元衆議院議員で朝鮮女性と連帯する日本婦人連絡会代表の清水澄子さんが報告と問題提起を行った。清水さんは八月六〜十三日の北朝鮮訪問と、九月一〜四日の韓国での六カ国女性会議出席を報告した上で、「相手の国のことを知り、交流することの重要性」を指摘、また「日朝の国交正常化は、朝鮮半島の平和と統一、そして日本の平和へも直結する問題であり、憲法の平和主義を実現していく具体的な実践。市民の力で政治を動かそう」と訴えた。
 続いての報告と問題提起では、金東鶴さん(NPO法人同胞法律・生活センター)が、この間の北朝鮮に対する経済制裁が、在日にどのような影響をおよぼしているのかについて報告し、一日も早い制裁の解除を訴えた。西野瑠美子さん(VAWW―NETジャパン共同代表)は、元朝鮮人慰安婦の聞き取り調査の報告の上で、「慰安婦問題の解決は日朝国交正常化の通路だ」と語り、十一月の慰安婦問題アジア連帯会議への賛同を訴えた。
 石坂浩一さん(東北アジアに非核・平和の確立を!日朝国交正常化を求める連絡会事務局長)は、「制裁の解除、人道支援、エネルギー支援」の運動目標を設定して、連絡会を結成したことを報告した。高田健さん(許すな!憲法改悪・市民連絡会)は、五月の9条世界会議と七月の韓国での韓日平和会議への参加を報告し、「9条の底力で、国交正常化を実現させる市民の力を作っていこう」と訴えた。
 また、この日の集会で予定されていた韓国シチズン精密労組・訪日遠征闘争団からのアピールは、前日の和解と秋夕(チュソク)・旧盆による闘争団の帰国によって、「闘いの報告と感謝のアピール」をノレの会の尾沢さんが代読することになった。アピールは集会参加百十人の満場の拍手で確認され、この後、「みんなで歌おう―イムジン河」が大合唱された。
 閉会のあいさつは、宗世一さん(9・17キャンペーン事務局、韓統連事務総長)が行い、「日朝国交正常化を一日も早く実現し、南北朝鮮の和解と東アジアの平和を実現していこう」と、この日の集会をしめくくった。        (H)


麻生新首相の「御名御璽」演説
帝国憲法に忠実な天皇主義者の正体

 麻生首相は、九月二十九日に衆参両院本会議で所信表明演説を行った。この演説は、総選挙をにらんで野党・民主党への逆質問を繰り返す一方で、デマに満ちた挑発と暴言の挙げ句に自ら閣僚辞任の道を選んだ中山成彬・前国土交通相の「任命責任」については一片の弁明もしないフザけきったものだった。しかしその中でどうしても看過できないのは、「就任にあたって」という天皇主義者丸出しの冒頭の言葉だ。
 麻生は言う。「わたくし麻生太郎、この度、国権の最高機関による指名、かしこくも御名御璽(ぎょめいぎょじ)をいただき、第九十二代内閣総理大臣に就任いたしました」。
 「かしこくも御名御璽をいただき」だって? この発言は、「かしこくも」天皇の任命によって首相の地位に就けていただいた、という「臣民」としての言辞以外のなにものでもない。この言葉は「国家統治の大権は朕が祖宗に承(う)けて之を子孫に伝ふるところなり」(憲法発布勅語)、「大日本帝国は万世一系の天皇之を統治す」(大日本帝国憲法第一条)という天皇主権による「大命降下」によって首相の任についた、という思想の表現なのである。
 麻生のこうした明治憲法的天皇主義者の思想は、この冒頭発言に続く以下の言葉によっても示されている。
 「わたしの前に、五十八人の総理が列しておいでです。百十八年になんなんとする、憲政の大河があります。新総理の任命を、憲法上の手続きにのっとって続けてきた、統治の伝統があり、日本人の苦難と幸福、哀しみと喜び、あたかもあざなえる縄の如き、連綿たる集積があるのであります。/その末端に連なる今この時、わたしは、担わんとする責任の重さに、うたた厳粛たらざるをえません」。
 麻生の言う「憲政の大河」とは、まさに「大日本帝国憲法」の伝統に立脚したものであって「主権が国民に存する」ことを確認した現憲法は、「大日本帝国憲法」の直接的な延長上にある。麻生にとって「厳粛」たらざるをえない「責任の重さ」とは、主権者としての「国民」に対するものではなくて、「御名御璽」をいただいた天皇に対するものにほかならない。
 言うまでもなく「日本国憲法」は、天皇を「日本国の象徴」とし、「憲法改正」や法律の交付、国会の召集、衆議院の解散、国務大臣の任命を「国事行為」として定めることで「象徴」としての天皇制を温存している。そしてこの点において、「国政に関する権能を有しない」天皇の権威が不断に再生産され、「主権在民」原理の浸食が発生していくのである。麻生は意識的にこの「国事行為」を明治憲法の「天皇大権」に限りなく同一のものであると読み替えた上で、「かしこくも」、「御名御璽」によって任命された首相の地位であることを宣言したのである。
 極右国家主義で天皇主義者だった安倍でさえも、こうした発言を「所信表明演説」では行わなかった。そして注意しなければならないのは、明示されているわけではないにしても自民党「新憲法」草案の天皇観もまた、こうした思想を背後に隠しているということなのだ。「天皇即位二十年」の祝賀式典が準備されている。今日の政府危機・社会経済危機の中で麻生が持ち出した天皇観との意識的対決は、重要な課題である。(純)


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