| 左派の想像力はどこに行ったのか?(下) かけはし2008.10.6号 |
米国式急進主義―行動主義?
イム・ピルス(社会進歩連帯・政策委員長)は、キャンドルの主体の一部はキム・デジュン―ノ・ムヒョン政権の10年を通じて形成された(行動主義的な)自由主義者集団であることを明らかにするとともに、〈2MB弾劾連帯〉(注 2MB=イ・ミョンバク)をはじめとするインターネット・カフェなどはノ・ムヒョン―開かれたウリ党の登場の中で直接的・間接的な役割を担った集団や個人と相当な関連性があるものと推測した。
また、これらの人々の活動方式は(米国式)急進主義―行動主義に固有な行動様式とさまざまな側面において類似して表れたり、また集れんされている、として、その特徴を以下のように主張した。
「政治概念や組織路線に従って運動を形成することを拒否し、諸個人の親密性(affe' nify)にそって事案別のネットワークを暫定的に形成し解体する傾向。それは感情的な訴えや扇情主義的宣伝方式、即時的な怒りの表現や直接行動への訴え、単一イシュー中心のイシュー・ファイティングなどへと結びつく。それは社会規範に対する拒否、抵抗、反対を訴える傾向とたやすく結合する。
これは諸個人が社会的変化のために何らかの行動をするという満足感や達成感を提供することができる。だがこのような活動は事態の客観的な原因に対する科学的認識を欠如する。したがって一貫した運動を形成するのは難しいし、事態に対する皮相的な認識の中で、絶えず浮き沈みする。(現在、韓国ではこのような行動様式がインターネットを通じて、極めて手軽に広がり得る)」。
キャンドルにおいて以上のような傾向が強烈に現れたとするならば、これをどのように評価するのかについての見方によって、今後の民衆運動に何らかの「分岐点」が現われ得るし、このような行動様式を肯定的に評価してこれを称賛したり順応・模倣することよりも、これを克服すべき問題として受けとめなければならない、と指摘した。
国民対策会議の政治的後退
イム・ピルスはBSE(牛脳海綿状脳症)牛国民対策会議は当初、後方支援の役割から出発したけれども局面が高揚するにつれて情勢の本質的意味の宣伝、闘争方針の形成と共有、運動の方向性提示という面において退行的な姿をさらけ出した、と批判した。
「BSE牛肉の輸入と韓米FTA(自由貿易協定)問題、すなわち国際自由貿易体制と規範の問題や、キム・デジュン―ノ・ムヒョンの新自由主義にもとづく改革政策とイ・ミョンバク政権の大統領選での公約の連関性の問題、つまり新自由主義の問題を主導的に提起するというよりは、これを歴史的、現実的脈絡が捨象された「怪談」へと還元したり、イ・ミョンバク個人の統治スタイルの問題として提起することに、より大きな役割を果たしたこと。
また、闘争の高まりの局面において「イ・ミョンバク退陣(の要求スローガン)は修辞にすぎない」という発言が対策会議関係者の口を通じてマス・メディアに流されたり、青瓦台(大統領府)面談を推進する過程で政権との上層密室協議を推進している印象を残したのは闘争の勢いを弱め、むしろ政府側に自信感を回復する契機を与えただけだと考えざるをえないこと」。
代議制民主主義の危機
イム・ピルスは、キャンドルの意味を代議制民主主義の「誤作動」と規定し、この克服を政党政治の復元(米国式2党体制の安着化)、直接民主主義の制度化(改憲)などして提示している一部の流れに対して、改憲問題はノ・ムヒョン政府当時のワン・ポイント改憲(権力構造の改編)推進とは違って、マルチ・ポイント改憲(市場経済条項の強化など)などが言及されており、この過程で「進歩的改憲」の論議が提起され得るが、09年以降の情勢が改憲問題によって混迷することもあり得ると指摘した。
しかし以上のような論議が代議制民主主義の危機は原因ではなく結果だという点を看過したり隠ぺいしており、世界的レベルでの新自由主義の改革政策が生んだ政治危機が代議制(政党、議会)の無力化へと結びついているという見解を述べた。
労働運動の主体的限界
ヤン・ハヌン(労働戦線・執行委員長)の主張の中で際立っているのは、労働者階級または労働運動がキャンドルの主体として踏み出すことができなかった理由だ。
「状況の躍動的変化に鈍感だ」。
構造調整、整理解雇、経済自由区域、韓米FTAなどなど……より厳しい弾圧の状況にさらされていた。そして押されっぱなしだった。敗北感に陥っている。イ・ミョンバク政権の登場はこのような情勢の延長線上にあったのであり、牛肉の輸入問題は数限りなくある問題の中の1つに過ぎなかった。この10年間の守勢的な状況から脱け出せずにいる。情勢の変化に鈍感だった。これはキャンドル闘争の状況でも現れた。「さて、ロープを準備しなくっちゃ」と考えるころには既にロープが出てきてしまう。「今度は先鋒隊のようなものを組織しなくっちゃ」と考えるころには既にスクラムの隊伍が出没する。
指針なしには動かない組合
「労働組合の闘争指針なしには動かない」。「労働組合が責任を持つ闘争でなければ踏み出さない」。しかし労組上層部は下部に口実をつけて闘争の指針を下ろさない。悪循環だ。下からの自発的運動が死んでいる。
怒りがない
……活動家たちに怒りがなくなっている。生存権のはく奪や非民主的暴力に慣れきって悟りきってしまったのか? マヒしたのか?
戦警(機動隊)の暴言に怒りながら涙を流して闘っている市民と、「それしきのこと」と考え難なく乗り越えている「歴戦の勇士」たる労働運動活動家の違いが、キャンドル闘争に対する認識の違いを作り出しているのではないだろうか?
オール・オア
・ナッシング
……「高速放水銃が安全なのならば青瓦台のビデにでも使え」、「国がキムパプ(のりまき)なら巻いて食え」……シュプレヒコールの1つ1つを大切に考えるとき、多くの共感を呼ぶ奇抜なかけ声が誕生し得る。ささやかではあるが大切な実践が省略されては、大衆と心の通いあう大きな闘争はありえない。創造的な行動の数々は考えられない。形式ばかりが発展した労働組合の闘争にはまりきっている。「ゼネスト」でなければ意味がない。そして左派的闘争のマンネリズムに陥っている。「鉄パイプも持たずにどんな闘争をするって。キャンドルを持ってどんな闘争だって?」。こうしてゼネストができなかったり鉄パイプを持つことができなければ、何にもしない。
運動圏式のマ
ンネリズム
……警察の阻止線の前で愛国歌(国歌)を歌う人が多かった。その場面を見て首を横に振りながら「笑うべき闘争」だと考えた人々は少なくなかった。キャンドル闘争に参加している多くの人々のうちの一部が、明らかに愛国主義の気分を持っていたのは事実だ。だが闘争の歌を歌わなければ問題だというのは、運動圏式のマンネリズムに過ぎない。
組織が死んでいる
……「キャンドル・オタク」という別名を得るほどに一生懸命に行動している活動家たちがいないわけではないが、組織的に動くことができていない。活動家組織(現場組織)を稼働し、組織的隊伍を形成しようとする気風がない。それぞれの現場組織は自らの領域(事業場、産業)を離れた活動を維持するには、既にあまりにもこり固まった認識を活動家自らが持っているからだろうか?
連帯の力が弱まった
……だが、いざ大衆闘争の場で力を合わせ共同実践しようとする努力は弱かった。連帯に対する信頼が弱かったせいだろうか? 今からでも積極的対応をしようという考えを持った各組織が力を合わせれば鍾路の通りに人戦の隊伍は形成できるはずだが……。
「想像力」に「階級」を! 「組織」を!
討論会での問題提起と討論は、どちらかといえば重くて巨大なキャンドルに対しての診断、展望、組織の役割に集中した。しかし、まだまだ不充分だ。さらにもっと踏み込んで見てなければならない。
だが、成果はある。今こそ日常の政治と巨大談論の結合。生産と流通、消費の結合。民主主義と左派政治の結合。反資本の政治の広場を開かなければならないこと。これが参加した人とキャンドルを経験してきた左派の選択だと言っては言いすぎだろうか?(「労働者の力」第148号、08年8月29日付、パク・ジョンホ/宣伝局長)
コラム
暴言こそ彼らのマニフェスト
「よくぞそこまで言ってくれました」とは、就任して五日あまりで辞職した中山成彬前国交相の暴言。あきれてしまって、開いた口がふさがらない。いったいこの御仁の頭の中はどうなっているのやら。「成田闘争はごね得」「日本は単一民族」「日教組は教育のガン」ときたのには恐れ入った。これが政権の中枢を担う大臣の言葉かと思うと情けなくなる。かつて、文部科学相に就任した際は、「従軍慰安婦は儲かる商売」「教科書から従軍慰安婦の記述がなくなって良かった」とも発言。社会認識の欠如を露呈した。
また、この御仁の「奥方」が、拉致問題でその名を馳せた中山恭子首相補佐官ときたから二度びっくり。何でも御仁の暴言と辞任に対し、「日本の教育を考えるいいきっかけになれば」と慰め、自らの講演会では「日本のために一生懸命やっています」と、いつもの口調で謝罪したというから、きっと夫唱婦随で同じ考えなのだろう。
暴言と言えば、同じ宮崎県選出の江藤隆美もえげつないことでは、枚挙にいとまがなかった。あのゲジゲジまゆを憶えている人も多いに違いない。村山自社政権で総務庁長官に就任した折り、「日韓併合は強制的なものではない。村山首相の発言(韓国への謝罪)は誤りだ」と発言し、これも辞任に追い込まれた。また、海部政権の際は、運輸大臣として三里塚に出向き、反対同盟の農家で「わしは命をかけてきちょるんじゃ」と大見得を切ったことも。その際、農民から「それじゃここで死んでみろ」と包丁を差し出され、口ごもるという落ちもついた。まさに失言ならぬ、暴言、妄言のオンパレードである。
さてここで考えなければならないのは、これらの暴言は、確信的な発言であって、決して失言など軽々しいものではないということだ。つまり本音の言葉と言い切れる。いくら選挙の際、耳障りのいい公約を並べてもそれは嘘八百のリップサービス。有権者にとって、政治家の暴言こそ、その思想信条を知る絶好の機会だと言ってよい。饒舌とはまさに本音を語るにつきる。彼らにとって、これらの発言こそが本当のマニフェストなのだ。
解散総選挙の前に、余計なことを言ってと頭を抱える自公政権だが、当の御仁は「成田のごね得」と「単一民族」発言こそ撤回したものの、日教組のことになるとボルテージが上がり、辞任会見では、「(発言は)私の政治信条」、霞が関ならぬ「日教組をぶっ壊す」とまで言い切った。また、「子殺し、親殺し、汚染米も教育の問題」と発言し、これらも日教組があるから起こったとでもいわんばかりの饒舌ぶり。まったくもって笑止千万。確信犯ここに極まりである。
経歴を見れば、一九四三年生まれの戦後育ち。鹿児島ラ・サール高校から、東大法学部に進み、大蔵省入省というエリートが、なぜここまで保守化したのかわからない。機会があれば、その偏狭ぶりを育んだ教育環境を検証してみたいものだ。
「子どもを大事にした大臣」と自画自賛し、胸を張って麻生政権から退場した御仁の後に控えているのは総選挙である。この選挙は、日本の将来を決定する天王山と言っても過言ではない。小泉劇場から始まった「構造改革」というステージ。そして、「新自由主義」の台本で踊らされ、疲弊した生活者が自らの一票を持って、堂々と自公政権に「NO」を叩きつけよう。辞任と暴言が相次ぐ自民党は、今末期症状にある。生活者の立場に立った政権を今こそ勝ち取る秋がきたのだ。(雨)
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