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審議つくさず駆け込み採択               かけはし2009.6.29号

「脳死」は「人の死」ではない!生命の価値に差をつけるな



A案を廃案に追いこもう

 一九九七年に施行された「臓器移植法」の改悪案が六月十九日、衆議院を通過した。百票近くの大差で採択されたのは、「脳死は一律に人の死」と決めつけ、ドナーの年齢制限を撤廃するA案であった。
 本紙において繰り返し主張しているように、「脳死」とは、臓器移植のために考え出されたまったく新しい「死」の定義である。脳死の公認および脳死からの臓器移植の拡大は、医療現場での密室性をより強め、医師の裁量すなわち権力をこれまで以上に強化する。新鮮な臓器を確保するために、救命、延命治療を早々に切り上げさせる方針転換を、医師たちに迫っていく。
 われわれは「脳死」を「人の死」と認めるわけにはいかない。いまこそ衆院解散を求め、A案を廃案に追い込まねばならない。

提案された4案の性格

 現行の臓器移植法には「施行後三年を目途に必要な措置を講ずるべき」との文言がある。だが今日まで十二年間修正を加えられておらず、移植推進派は「世界で一番厳しい移植禁止法」と非難してきた。とりわけ、小児の日本国内での移植の実現を訴え、臓器提供者の年齢制限の廃止を求めてきた。衆院厚生労働委員会は六月五日、議員立法として提出された四つの案について、わずか八時間で審議を打ち切った。
 今回通過したA案は、「脳死は人の死」と断定。自民党の小児科医・中山太郎や、生体肝移植当事者の河野太郎らが〇六年に提出した。臓器提供が可能な年齢を〇歳からとし、本人が生前に提供を拒否している場合を除き、家族の同意で摘出ができるという、恐るべき案である。
 他案では現行法どおり「移植目的以外」は脳死を「人の死」と認めていない。B案では提供年齢を現行の十五歳から十二歳に引き下げる。C案は社民党の阿部知子らによるもので、脳血流検査の追加など、現行法をさらに厳しく規制しようとする。もっとも遅れて準備されたD案は、「十五歳以上」は現行法どおりだが、十四歳以下は親が子供に代わり提供を判断。さらに第三者である倫理委員会が適否を検討するとしている。いずれも採択順位が二位以下であり、廃案になった。
 A案の成立で今後医療現場には、臓器移植目的以外でも一律に「脳死は人の死」という風潮が確実に広がっていく。医師らが臓器欲しさに作為的に患者を脳死状態に追い込み、そのかんに家族に同意を強要することも十分にありえる。
 衆院法制局は、A案が成立した場合でも「臓器移植の……手続き以外に法律の効力は及ばない。このため、移植につながらない脳死判定による死亡宣告は法律上ありえない」という(6月19日/毎日新聞)。苦しい弁明である。日弁連人権擁護委員会医療部会の弁護士・加藤高志氏は、「一般的な法解釈としては、他の法律へ影響する。医療現場をはじめ、保険や相続などさまざまな場面で混乱が起きかねない。本人が臓器提供を拒否していても、それを確認するのは難しい。意思表示できない人もいる」(6月19日/東京新聞)と危機感を抱く。

推進派の活発な宣伝活動

 現行法の改定作業が復活した背景には、渡航移植が世界中に拡大する実態を懸念した、WHOによる指針改定の動きがあった。「臓器移植の自国内完結」を求める新指針は結局、「新型インフルエンザ」への対応で一年後に先送りされた。だが推進派はこのタイミングを逃さなかった。
 衆院議長を務めながら引退を表明した自民党・河野洋平は、生体肝移植の当事者だ。今回の議論は彼への「はなむけ」の意味もあると報じられている(6月13日/朝日新聞)。国民すべての「生死」の基準を決める重要法案を、与党の政局の利害、ましてや一国会議員への手土産として押し通すなど、許されないことである。
 遅々として進まない「法改正」にいらだつ患者団体、移植学会は、事態打開のために連名で「A案を支持する」旨の一面意見広告を大手各紙に掲載した(6月9日)。関係者が全国から次々と上京。国会周辺で精力的に陳情、説得を繰り返し、ロビー活動に全力を振り絞った。商業紙も特集や連載を組みながら、連日のように渡航移植手術を待ちわびる小児患者の記事を書き、寄付金を呼びかけていた。
 四案のいずれが通るのか、ぎりぎりまで見通しは立たないと伝えたメディアの分析は、甘すぎた。「A案絶対採択」という並々ならぬ執念に支えられ、水面下で続けられていた組織活動。それが態度保留の自民党議員らを突き動かし、多数派を形成していった。いざふたを開けてみれば百票にもおよぶ大差となって、A案支持者は悲願の勝利を収めたのだ。

作られた「脳死」概念

「脳死」とは何か。本紙で何度となく繰り返してきたように、それは、「新鮮な臓器を確保する」という移植医らの要求で生まれた、新しい死の概念である。
脳死は本来、脳外科医の重要な治療研究テーマとしてあるべきだった。それは医学史上、自然発生的に生まれたものでもなければ、進歩の延長線上にあるものでもなかった。
 本来救命すべき患者の身体から臓器を取り出し、蘇生不能な状態に追いやるのだから、メスを入れる対象は「死体」でなければならなかった。そこで移植医らは、社会通念として歴史的に認められてきた「死の定義」を、自分らに都合のいいように変更したのである。だから「脳死」と「臓器移植」というキーワードが一組になって用いられているのだ。
 通常、臓器がその機能を停止した状態には「不全」という言葉を使う。肝臓なら「肝不全」、心臓なら「心不全」である。さらに臓器移植後の死亡の理由として「多臓器不全」という言葉もよく耳にする。だが脳に限っては「脳不全」とは呼ばない。あくまで「脳死」なのである。おそらく「脳不全」では、死というイメージからはほど遠い、という理由だろう。
 「脳死」は、脳がその機能を徐々に失おうとする、長期の連続的な過程を指す。「どこからどこまで」と誰にも判断することができない「時間の流れ」なのである。そのため、個々の医師の裁量に大きく依存し、臓器摘出のためにいくらでも偽造が可能な、極めてあいまいな概念である。
 脳死をめぐる論争の内容、すなわち合意点や対立点は、数十年来ほとんど変わっていない。評論家の立花隆は、脳死論争のただなかにあって、脳の「機能死」と「器質死」という振り分け論を展開した。だが本来両者は密接不可分の関係にある。脳全体の機能が停止したこと、器質が死滅したことを分けて論じる姿勢は、医学的にはあくまで間接的な証明しかできない「脳死」を、なんとかして合理的に説明しようとする、空しい努力の現われといえる。
 作家の中島みちは、現行法の作成に関与しそれを自画自賛していたが、「脳死は人の死ではないが、臓器移植には反対しない」との持論から、今回の採択を「暴挙」と厳しく非難している。
 脳にはまだまだ未知の部分が多く、深く残されおり、それはいまなお神聖な研究領域である。脳死判定基準は、世界各国で三十種類以上もあり、そのことじたいが明らかな不帰の点を示す「三徴候説」(注1)より、はるかに非合理で非科学的であることを示している。

「和田移植」という医療犯罪

 諸外国に比べ、これまで日本で臓器移植が進まなかったのはなぜか。その理由として必ず挙げられているのが、一九六八年に札幌医大で行なわれた悪名高き「和田移植」である。日本初のこの心臓移植手術は、「移植ブーム」のただなかに行なわれたこともあって、マスコミが大々的に礼賛報道を展開した。だがドナーである海水浴場で溺れた青年が、実際には回復に向かっていたこと。レシピエントの病状が本当に移植手術を必要としていたかなど、次々と疑惑が浮かんできた。
 執刀医・和田寿郎胸部外科教授は殺人罪で告発され、札幌地検は捜査を開始するが、関係者が口裏を合わせたうえに、和田らは徹底した証拠隠滅や偽装工作を済ませていた。医学界はといえば、今後の臓器移植への影響に配慮し、最後まで和田をかばってしまった。結局和田は不起訴で免罪されてしまう。
 そもそも和田には、拒絶反応や免疫抑制についての経験や知識が皆無だった。解剖されたレシピエントの胸には緑色の膿が溜まり、心臓は四倍にも肥大し、全身に出血や感染症が広がっていた。誰がどうひいき目に見ても、功名心に駆られ、手柄を焦り、その結果二人の命を無残にも奪い去った和田の責任は、重大である。
 この事件の後遺症で、日本では臓器移植がタブーになったと言われている。が、実は臓器移植法制定前から、和田移植に匹敵するような、人権無視のいいかげんな手術が行なわれている。
 八四年の筑波大学「すい腎同時移植事件」、九〇年の大阪大学「四つの死亡時刻事件」等などである。前者は日本初の二臓器同時移植で、重い精神障がいを持つ女性の患者から、移植の予定がないものを含めて、五組の臓器が強奪された事件である。
 臓器摘出のために、ほとんど救命治療を施さなかったのは、同大消化器外科の教授岩崎洋治。なんと彼は、当時厚生省が設置していた「脳死研究班」の委員であり、「脳死判定基準」の作成に関わっていた。あろうことか、被害者の夫が要求した火葬の予定に合わせて、死亡時刻をねつ造していたことも発覚した。後者は、暴行を受け重態に陥った患者が、正式な脳死確定時刻の九十時間前から臓器保存術を施され、心臓死までに合計四つの死亡時刻を言い渡された、という事件である。日本の医学・医療界は、旧態依然だった。巷で語り継がれているほどの反省も教訓も、和田移植から引き出してはいなかったのだ。

生き続ける「脳死」患者

 推進派の論調は常に、「脳死」が絶対に回復不可能な、脳機能の全的喪失であるかのような言い回しで共通している。しかし現実はかなり多様である。
 妊娠中に「脳死」と宣告されたアメリカの女性は、その後三カ月以上も生き続け、無事新生児の出産を果たした。特に小児の場合は成人に比べ脳機能の回復力が強く、「脳死」診断後でも長期間心停止せず、成長を続ける例が数多く報告されている。
 一歳二ヶ月で「臨床的脳死」と診断された神奈川県の男児Y君は、人工呼吸器をつけたまま、八年半にわたって生き続けている。身長が伸びて体重も増え、歯も生えかわる。「汗もかくし排便もする。夫婦げんかをすると心拍数が上がる」(東京新聞/5月28日)という。もし臓器を取られていたら訪れることのなかった、親子の幸福な生活の中心にいる。この症例は「長期脳死」と呼ばれ新聞紙面にも紹介されているが、容態は極めて安定しているという。
 小児科医の田中英高氏(大阪医科大准教授・小児科学)は、多くの人は、脳死がどんな状態か知らないのではないか、と基本的な疑問を投げかける。「脳がすべての臓器を支配するという考え方は科学的に間違っていると思う。『脳死は死』というのは、科学的理論ではなく社会的合意だ」と主張する。まったく同感である。田中氏は被虐対児などからの摘出防止を呼びかけ、移植推進のためだけの今回の法改正を批判している(毎日新聞/6月13日)。
 ダメージからの回復力の強い子供たちが、懸命に生きようとがんばっている一方で、医師から「移植でしか助からない」と無責任な死の宣告を受ける子供たちがいる。脳死の公認によって、人間同士が生きることに本来不要な、非和解的な対立関係がまき散らされているのである。

移植でしか助からない?

 「移植でしか助からない」――医師の残酷な最後通告。これについても多くの疑問や反論が唱えられている。「余命半年」と宣告された患者は、多くの場合一〜二カ月で死亡する。判断の誤りで六カ月間生きる患者は、全体の一〇%程度だという。だとすればこの患者らに新鮮な臓器を移植しても体内のバランスが崩れ、さらに危険な状態に陥る。だから移植医らが手術を「成功」させ、成績を上げようとすれば、本来移植など必要のない比較的健康な、軽症の患者までレシピエントとして選出することになる。当然手術候補者の範囲は大きく広がるが、ドナーの数が変わらなければ、手術を受けられる確立は低下することになる。余命を宣告された患者たちは誰もが、一日千秋の思いでドナーが現れるのを待ちながら、不安な日々を送るしかない。
 心不全による死亡の危険性は、最初の六カ月がもっとも高い。しかし半年生きた患者の生存率は、移植を受けた患者とほとんど変わらない。「要するに半年生きられれば、移植の必要はなくなってしまうのです。その間の内科的治療が奏功したためと考えられます。そのうえこうした待機患者の心機能は、移植を受けた患者よりむしろ良好といいます」。(『「脳死」ドナーカード 持つべきか持たざるべきか』さいろ社)

免疫との終わりなき闘い

 不具合の部品を交換するように、だめになった人体の一部を取り替えようという発想は大昔からあった。それが、ひとつは人工臓器などの代用品に向かい、もうひとつは輸血などの生物由来の組織を利用する流れになった。
 生物間移植の最大の壁は、人体が他人の臓器を「異物」として攻撃する免疫作用にある。臓器移植の最大の課題は、人体を外敵から防衛する免疫機能。すなわち拒絶反応との、終わりのない闘いなのである。
信じられない話だが、初期の臓器移植では、免疫機能を破壊するために患者に放射線を大量に照射し、白血球を減らしたという。移植した臓器への拒絶は起こらないが、副作用で死亡するという、とんでもない方法である。臓器移植の歴史には、このような乱暴な人体実験が少なくない。
 移植を受けた患者の術後の生活も、決して平坦ではない。生涯にわたって免疫抑制剤を飲み続け、感染症の恐怖におびえながら、定期的に組織を採取して検査する。人によっては、一生かかっても支払いきれないような、巨額の手術費用を負担することになる。
 移植医らが発表する「生存率」も、どうやら額面どおりには受け取れないようだ。ベッドに横たわって呼吸をしているだけでも「生きている」とカウントされれば、それはぐんと上昇する。ドナーにはそそくさと治療を打ち切りながら、移植後はメンツをかけて患者を生かし続ける。こんな自己中心的な不条理が、いったい許されるのだろうか。

救命治療からの転換

 「脳死」からの臓器移植は、根本的な矛盾を抱える実験段階の手段である。それまで懸命に取り組まれていた救命のための治療は、「臓器を提供する」という前提に置かれたとたんに百八十度転換し、目的の臓器を良好な状態に保つための処置に切り替わる。この臓器保存術は患者の身体に深刻なダメージを与える。ドナーの治療、延命、蘇生とは相いれない行為である。
 最終的にA案が成立したとしても、家族が拒否すれば脳死判定は行なわれず、治療が続けられる、と推進派は強調する。こんなリップサービスを誰が信じるのか。
 現行法の「臓器移植に限ってのみ、脳死を人の死と認める」という二重規定は、なによりも社会的合意が取りつけられない環境下での、苦し紛れの妥協の産物だった。しかし今回の改悪A案では、「脳死を一律に人の死」と認めている。これは、とてつもなく高いハードルを一気に越えて、「二つの死」が、完全に一つになるということを意味する。重態に陥った患者の生死の運命は、担当する医師個人の、ぎりぎりの良心にかかっているといっても過言ではない。

臓器摘出される「弱者」

 臓器移植の普及は、「生きるべき人間」と「生きる価値のない人間」という差別を、どうしても生み出してしまう。「生命の価値」に格差をつけることが必然になる。
 精神障がい者や受刑者、貧困に苦しむ人々などは、真っ先に臓器を摘出される対象になっている。それを受け入れる側にも「優先順位」がつきまとう。そこには性別や人種、支配者、権力者などの階級差がからむ。弱者から取り出した臓器は強者へと、女性から男性へと流れ、その逆はない。
一九六七年。南アフリカで実施された、外科医クリスチャン・バーナードによる世界初の心臓移植は、大きな脚光を浴び、「脳死」という言葉が世界を駆けめぐるきっかけにもなった。ドナーは黒人であり、レシピエントは白人だった。この手術に刺激され、世界中に「心臓移植ブーム」(第一次)が沸き起こり、わずか一年間で百例もの移植が実施された。翌年夏の「和田移植」も、まさにこの世界的流行のただなかで強行された。
 新しい治療技術の登場は、国家の威信や医師の功名心と一体である。だがその陰には必ず、少なくない数の犠牲者が横たわっている。

真の医療制度改革へ

 国家が「最先端医療」に力を入れる理由は、それを産業として、市場として育成しようとしているからである。美しい言葉をならべて博愛主義を鼓舞し、国民の無知と善意を利用して、あくまで自発的に臓器を提供させようとする。A案が成立すれば、臓器提供を拒否する人々は、やがて間違いなく非国民扱いされるであろう。
 移植先進国アメリカでは、人体部品株式会社が数百社あり、血管や軟骨・皮膚などの「組織バンク」が、移植ビジネスを底辺で支えている。高速道路の制限速度を十マイル上げれば、九百人の交通事故死者が生まれるという試算まである。日本ではメディアの洪水のような報道と厳罰化によって、交通事故死は減少している。近い将来ドナー不足が進めば、制限速度の緩和もありうると考えるのは空想だろうか。
 今回の法案通過に、さまざまな患者団体が抗議の意思を表わしている。「全国交通事故遺族の会」は、「まずは(交通事故被害者らの)助けられる命を助ける、という観点から(A案に)反対してきた」と抗議した。(6月19日/東京新聞)
 臓器移植の総本山である移植学会が提供するさまざまなデータも、警戒心を持って読むべきである。「脳死は人の死」と、社会通念としては認めていても、法律にしない国や、実施数が多くても、日本よりはるかに厳しい条件がつけられていたり、そもそも医師と患者の関係性の違いがある。
 頭部のダメージからの蘇生に顕著な成果をあげている「脳低体温療法」(注2)の推進。心臓移植に頼らない「バチスタ手術」の応用など、選択肢はすでにある。そして将来的には、他人の臓器をあてにしない、人工臓器の開発と普及にこそ力を注ぐべきではないのか。
 なによりもまず、この国の医療体制の貧困や、崩壊への危機的な状況を変えることが先決だ。患者の受け入れを拒否し、タライまわしにする救急医療の無作為。医師不足による過労死寸前の極限の労働条件。小児科や産科不足と救急体制の未整備、地域格差。そして高齢者医療の問題などなど。喫緊の課題が、これでもかと山積している。
 受診料自己負担額は上がり続け、少しくらいの体調不良なら歯を食いしばって我慢する人々が増え続けている。こうした厳しい現実をひとつひとつ暴き出し、政府と闘っていくことこそ求められているのであり、国民的な大規模な運動によって政権を追い詰め、真の医療制度改革を実現していくべきなのだ。(佐藤 隆)

(注1)死の三兆候
「心停止」「呼吸停止」「瞳孔散大」。
 本来「死」の定義は明文化されておらず、社会通念として歴史的に「心臓が拍動を止めたとき」とされてきた。医師はこの社会通念にしたがって、「三兆候」をもって「死―明らかな不帰の点」を確認してきた。
(注2)脳低体温療法
 くも膜下出血や頭部外傷に対しての画期的な治療法。日大板橋病院の林成之教授のグループが、脳細胞の破壊と脳温との関係に注目、九一年に着手した。
 患者の頭部を冷やすことにより脳内温度を下げ、脳の損傷を防ぐ。忍耐と手間がかかるが、救命率七五%、最重症の患者でも後遺症が残らないという大きな治療成果をあげている。

■主要参考文献
・「解剖 日本の脳死」 なぜ議論はすれちがうのか
  東京大学医学部 脳死論争を考える会編著 ちくまライブラリー53  1991年
・「脳死」ドナーカード 持つべきか持たざるべきか」 さいろ社 1999年 (※3)
・「私は臓器を提供しない」 洋泉社新書 2000年
・「脳死臓器移植を問う」 脳死・臓器移植に反対する市民会議編  技術と人間 1991年
・「優生操作の悪夢 医療による生と死の支配」  天笠啓祐 社会評論社 1994年
・「いのちを選別する医療 脳死・臓器移植を問う」 天笠啓祐 
   部落解放研究所 人権ブックレット 1998年
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