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                           かけはし2009.10.26号

労政審に向け怒りの緊急行動

派遣法抜本改正へ職責果たせ!
「製造業派遣禁止は職業選択の
自由を奪う」だって?ふざけるな!


企業利益擁護
の「公益委員」

 十月十五日厚労省で、労働政策審議会(労政審)労働力需給制度部会が開かれ、労働者派遣法改正に向けた審議が本格的に始まった。この審議開始を前に、同日午前八時三十分から、「労働者派遣法の抜本改正を求める共同行動」による厚労省前行動が行われた。この行動は急きょ呼びかけられたものだったが、早朝にもかかわらずナショナルセンターを超えたさまざまな労働組合を中心に数十人の労働者がかけつけ、現実を直視した審議を行い、派遣法抜本改正に道筋をつける答申を出すよう、怒りを込めた訴えを霞ヶ関に響かせた。
 なぜ怒りなのか、緊急の行動だったのか。
 今回の労政審は、政権交代後の初の労政審として、雇用の不安定化やワーキングプアなどの現実を踏まえその改善をはかる審議を、との長妻新厚労相の諮問の下に、十月七日からスタートした。ところが、この諮問に対する最初の労政審論議は一言で言ってまさにひどいものだった。使用者側委員のインチキさは端から分かっていた。ところが七日に開かれた職業安定部会では、一部の公益委員からも、国際競争への配慮の必要などを理由に、登録型原則禁止に異議が挟まれた。果ては、「製造業派遣の禁止は職業選択の自由を奪う」などという、聞き間違えかと疑うような妄言を吐く公益委員まで現れている。
 派遣で仕事に就いたとしても、それで職業経験を積むことなどはまったく保障されず、職業を得たことにはとうていならないことは、既に明々白々な事実として明らかになっている。実際、正規雇用を求める派遣労働者は、派遣で働いた経験を職歴とは見なさない企業経営の姿勢に苦しめられている。正規雇用を拒否することで労働者に派遣労働を強制し、若者たちの職業選択に道を閉ざしている者は、まさに使用者、なかんずく大企業そのものなのだ。これほど明白な事実から目をそらし、あくまで黒を白と言いつのる者が「公益委員」を名乗るとは聞いてあきれる。自・公政権が任命した公益委員の質の悪さは度を超している。空前の大失業と生存そのものが脅かされるような派遣労働者、非正規労働者の過酷な現実を前に、このようなためにする空理空論の横行はもはや許されるものではない。

改正反対派の
抵抗打ち砕け

 当日の行動はそれ故、このような労政審に労働者民衆の怒りの声をたたきつけるものとして呼びかけられた。安部誠全国ユニオン事務局長を皮切りに、井上久全労連事務局次長、遠藤一郎全労協常任幹事、小谷野毅全日建運輸連帯労組書記長、生熊茂美JMIU委員長が次々とマイクを握る。
 まず、先の公益委員発言に対する、そして派遣法改正になおもエゴイズムむき出しに抵抗をやめない資本の策動に対する、まさに怒りをたぎらせた糾弾。この中では、公益委員とされている者の中には、派遣労働原則自由化の時期に厚労省職業安定局長の任にあった者まで任命されていることも明らかにされた。このような人物は文字通り当事者そのもの、第三者であるべき公益委員の資格などない。
 そしてもちろん、失業と生活破壊が既に昨年を上回り、各地の炊き出しの列が倍増している現実、したがって政府の責任による失業対策、貧困対策、並びに派遣法の抜本改正が一刻の猶予もならないことが、強く訴えられた。加えて、選挙結果に示された新自由主義拒絶の民意を覆す権利など、労政審にはないことも指摘された。
 その理のなさがすぐ分かるような先の哀れを催す公益委員の貧困な議論は、逆に言えば、派遣法改正反対派の追い詰められた姿をも示すものだ。社会を揺り動かす迫力の下に労働者民衆の声をとどろかせることが決定的に重要となっている。そしてそれは可能だ。十月二十九日の日比谷集会の意味はまさに重大となった。当日の行動でも最後に、十月二十九日日比谷に大結集し、労働者民衆の怒りと要求を、派遣法抜本改正実現に向けた決意を、今こそ満天下に示そうと呼びかけられた。
 10・29日比谷集会を大成功させ、労政審を舞台とした改正反対派の空しい抵抗を粉みじんに破綻させよう。       (谷)


死刑廃止フォーラム90が集会
裁判官の証言:「誤判は不可避」
国家による殺人をやめさせよう

 十月十日、世界死刑廃止デー企画として「響かせあおう 死刑廃止の声2009」が行われ、東京・新宿区の四谷区民ホールに約二百五十人が集まった。主催は死刑廃止国際条約の批准を求めるFORUM90。
 司会者が「死刑廃止国は全世界で百三十八カ国に及び、七〇%の国がすでに死刑を廃止している。こうした流れに逆らって、日本はコンベアベルト式に大量の死刑執行を行っている稀な国になっている。しかし政権交代が実現し、死刑廃止議員連盟に所属していた千葉景子さんが法相になったことに希望の光を見る」と提起した。続いて前衆院議員で死刑廃止議員連盟事務局長の保坂展人さんが「鳩山政権の下で死刑執行にブレーキがかかるだろうし、そう期待する。この間、死刑執行が内閣の支持率を上げるという状況だったが、死刑執行がある限り戦争・暴力はなくならない」と訴えた。
 続いて、二〇〇四年に亡くなられた確定死刑囚の母、大道寺幸子さんが残した基金によって始まった死刑囚の表現展に寄せられた文芸・美術作品を紹介し、選考委員に語ってもらうシンポジウム「死刑囚の表現をめぐって」。今年は十人から文芸作品が、十一人から絵画、イラストなどが寄せられ、会場のロビーに展示されている。

足利事件の菅
谷さんが証言

 次に足利事件で「無期懲役」確定判決で服役し、冤罪が明らかになって刑の執行を停止され十七年半ぶりに釈放された菅家利和さんと弁護士の佐藤博史さんが登壇し、司法制度そのものが作り出した許しがたい冤罪事件の経過・構造を報告した。
 足利市では一九七九年、一九八四年に少女誘拐殺人事件が起こり、未解決のままとなっていた。そこに一九九〇年五月、当時四歳だった真美ちゃんが殺害される事件が起きた。警察は一九九〇年十一月から当時借家で一人暮らしだった菅家さんの尾行を開始し、九一年六月には菅家さんの体液の付いたティッシュを手に入れ、十一月にDNA鑑定が一致したとして、十二月二日に菅家さんを逮捕したのである。同日早朝に逮捕された菅家さんは、「お前は子どもを殺した」「証拠はそろっている」「早くしゃべって楽になれ」と脅され、さらに髪の毛を引っ張り、足を蹴飛ばすなどの暴行を長時間にわたって受けた。そのため菅家さんは当日の夜遅く、「もうどうにでもなれ」という心境で、「やりました」と述べたという。
 佐藤弁護士は、この冤罪事件が、警察・検察・裁判所、さらには弁護士まで含めた司法全体の犯罪であると強調した。

元裁判官たち
の話を聞く

 最後に「裁判官の証言 誤判は避けられない!」というテーマで討論が行われた。安田好弘弁護士が司会したこの討論には元裁判官の木谷明さん、生田暉雄さん、井垣康弘さんが出席した。
 死刑廃止フォーラムが行った元裁判官へのアンケートには百六人の元裁判官から回答が寄せられた。「刑事裁判において誤判は避けられないか」という質問には「避けられない」が八二・一%と高い比率を示し、死刑制度については反対が五〇%で賛成が四八%、また「仮釈放のない終身刑を創設して死刑を廃止する」という意見には賛成が三五・八%で反対が六一・三%、さらに裁判員制度については賛成が三二%、反対が六五%という数字が示されている。
 木谷さんは「誤判の可能性はないと言い切る元裁判官が一割以上いることに驚いている」と語った。生田さんは裁判の冒頭に裁判官が述べる「自分に不利なことはしゃべらせなくてもよい」という「告知」について、「かりに取り調べで自白したことでも、取り消してもかまわない。取り消したことにもとづいて審理を進めると告げるべきであり、告知は自戒の言葉として捉えるべきではないか」と語った。
 井垣さんは「元裁判官の半数が死刑反対であることにむしろ驚きを感じる。死刑を違憲と訴えれば半分くらいは勝てるのではないか」と語った。
 集会終了後、「死刑制度を廃止しよう」と訴えるデモが新宿中央公園まで行われた。      (K) 


反貧困世直し大集会2009
集 会 宣 言

 2009年10月5日、長妻厚生労働大臣は、政府として貧困率の測定をするよう指示を出しました。これまで、日本政府は一貫して「測定は困難」「意味がない」などとして、貧困率の測定を拒んできました。しかし、その壁は、ようやく、打ち砕かれました。
 私たちは昨年10月19日、明治公園に集まり、次のように宣言しました。
 「日本社会に広がる貧困を直視し、貧困の削減目標を立て、それに向けて政策を総動員する政治こそ、私たちは求める」と。
 また「政治は、政策の貧困という自己責任こそ、自覚すべきだ。道路を作るだけでは、人々の暮らしは豊かにはならない」とも言いました。

 そして、去る9月16日、マニフェストで次のように宣言した民主党が中心の新政権が誕生しました。「コンクリートではなく、人間を大事にする政治にしたい」「すべての人が、互いに役に立ち、居場所を見出すことのできる社会をつくりたい」「すべての人が生きがいと働きがいを持てる国を、あなたと民主党でつくり上げようではありませんか」と。
 私たちは、ここに示された理念こそが、最大の政権公約だと考えます。この理念が失われれば、マニフェストに書かれた個々の政策が実現しようとも、そこに`魂aはない。もし、マニフェスト実現のためにその理念が犠牲にされるようなことがあったら、私たちはそれを最大の公約違反とみなし、「すべての人が、互いに役に立ち、居場所を見出すことのできる社会」を作るために、新たな選択を行うでしょう。何のためにマニフェストを実行するのか、その目的と理念こそが重要です。

 私たちは、その目的を達成するために、貧困率の測定と貧困削減目標の定立を求めてきました。なぜなら、経済的な困窮と、人間的な孤立と、精神的な逼迫によって貧困状態に追いつめられた人々は、社会の中に「居場所を見出すこと」ができないからです。どれだけまじめに働いても貧困から抜けられず、モノのように捨てられる人たちは「生きがいと働きがい」が持てないからです。穴だらけのセーフティネットからすべり落ち、制度の谷間に放置される人々は「人間を大事にする政治」を実感できないからです。
 「反貧困」という言葉は、その意味で、新政権の理念を体現しています。貧困問題は、新政権の中心的課題に据えるべきです。貧困問題に正面から立ち向かうこと、それが新政権の最大の政権公約です。
 「反貧困」が問われるのは、国内施策のみならず、外交や国際協力の分野でも同じです。日本の「援助」は、ともすれば、大型インフラ建設等による国内産業への資金還元や途上国への経済進出の道具として使われ、一部では貧困を加速すらしてきました。「援助」政策においても、新政権が「反貧困」に立脚できるかどうか、南の世界の人々が真に貧困から脱却できるような「援助」に変えていけるのかどうかが世界から問われています。

 ちゃんとやるよね!? 新政権。この言葉には私たちの、「頼むからこれ以上、政治に失望させないでくれ」という悲痛な願いが込められています。深い失望が深刻な社会の荒廃をもたらす歴史を、私たちは知っています。5年後、10年後に振り返って、「あそこで、私たちは本当の意味で誤ったのだ」と、そう悔やむことはしたくない。私たちは今、たしかに`何かaを賭けています。楽観とシニシズム、不安とあきらめの間に、細い糸を通そうとしている。糸が通る穴があるのか。それはおそらく「ある」のではない。私たちが「開ける」のです。

 生活保護の母子・老齢加算復活、児童扶養手当改正に`魂aが入るのか、抜けるのか。
 労働者派遣法の抜本的改正に`魂aが入るのか、抜けるのか。
 障害者自立支援法の廃止に`魂aが入るのか、抜けるのか。
 後期高齢者医療制度の廃止し、総合的な新法制定に`魂aが入るのか、抜けるのか。
 貧困率削減目標に`魂aが入るのか、抜けるのか。
 世界の貧困の解消、「人間の安全保障」の実現に`魂aが入るのか、抜けるのか。
 そして、「政権交代」に`魂aが入るのか、あるいは抜けるのか。
 ――ひとつひとつの課題に`魂aを込めてきた私たちは、それゆえにこそ、その行方を注視せずにはいられない。傍観者ではいられない。

 約半世紀に及ぶ無関心から抜け出して、私たちは今、日本と世界における貧困問題のスタートラインに立とうとしています。そこからの私たちの歩みが、社会の、国の、世界の「形」を決めていく。誰もが人間らしく暮らせる「形」をつくろう。
 主権は、われわれに在る。私たちの希望はいつもここにあり、そしてここにしかない。
以上、宣言する。

2009年10月17日
「反貧困世直し大集会2009」集会参加者一同


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