| 菅首相の所信表明演説について かけはし2010.6.21号 |
| 「対米従属」再確認し新自由主義的「成長戦略」に回帰 |
「小沢支配」排除の体制
六月二日の鳩山首相の辞任表明を受けて、六月四日に開催された民主党両院議員総会は菅直人副総理を新代表に選出した。同日午後に開催された衆参両院の首相指名選挙で第九十四代首相に選出された菅新総理は、内閣と党の「最高実力者」だった小沢一郎前幹事長の影響力を大きく削ぎ落した新体制をイメージさせる人事配置を行った。
菅政権は、小沢批判の主張を明確にしていた仙谷由人・前国家戦略相を内閣の「扇の要」である官房長官に、また民主党幹事長に「反小沢」の先鋒と目される枝野幸夫・前行政刷新相を据えた新体制で出発した。幹事長に権限を集中させるために小沢が解散させた政策調査会を、菅・枝野執行部は復活させた。政調会長と公務員制度改革担当相を兼務することになった玄葉光一郎は、前原国土交通相、原口総務相、野田財務相らとともに松下政経塾の出身で、消費税引き上げ論者であり、参院選に向けた党選挙マニフェストの「現実化」を主張してきた人物である。
六月八日の組閣人事は、菅首相を除く十七閣僚のうち十一人が鳩山内閣からの再任であるとはいえ、その性格は大きく変わっている。それは明らかに鳩山「三党連立」政権の枠組みを大きく転換させるものである。
鳩山前政権がその最後の局面で「普天間県外移設」の公約を投げ捨てて福島みずほ社民党党首を罷免し、社民党を閣外に追いやったのに続き、菅新政権は国会会期延長で郵政改革法案を成立させるよう要求した国民新党をも切り捨てた。亀井静香・郵政改革担当相は、抗議の意思を込めて閣僚を辞任した。廃案となった郵政改革法案を参院選後の臨時国会で成立させるとの確認を取り交わすことで、国民新党の「連立離脱」は回避されたが、参院選の結果次第ではそれもどうなるかわからない。
新党改革の舛添要一代表は、六月四日のTV番組で「小沢氏の影響力がなくなっていけば、民主党の良識ある人たちと一緒に仕事するのはやぶさかではない。菅さんが一緒に政界再編をやろうというのなら、あらゆる可能性を追求する」と語った。二〇〇七年一月一日の毎日新聞で、当時自民党新憲法起草委員会次長だった舛添と、民主党幹事長となった枝野(当時、民主党憲法調査会長)が自公民で「改憲国民投票法案」をまとめることで意気投合していたことを思い出さざるをえない。参院選の結果次第では、みんなの党や公明党をふくめた「政界再編」が浮上する可能性も出てくるだろう。
菅新政権は、「対等な日米関係」、「東アジア共同体」、「人間のための経済」、「多文化共生」の「友愛社会」などの理念を掲げた鳩山政権が突き当たった「壁」との衝突を回避し、より現状追随の方向で当面逃げきろうとしているように見える。それは米国の圧力を無条件に受け入れて沖縄県民の島ぐるみの反基地闘争を裏切り、辺野古新基地建設を強要する道であり、また深刻な財政危機に対しては、財界の意向をより率直に反映する形で消費税率を大幅に引き上げる、新自由主義的「改革」路線への意識的傾斜である。「政界再編」の基準もここにある。
菅新政権は、貧困と格差、地域社会の崩壊をもたらした自公政権への怒りの結果である昨年八月の「政権交代」がもたらした、ある意味で「中道左派」的色合いを持った鳩山政権の瓦解の傷を、「中道右派」的な方向への舞い戻りによって癒そうとしているのだ。
日米同盟――消えた「対等」
菅首相は六月十一日の衆参本会議で、初の所信表明演説を行った。菅は、この所信表明を「戦後行政の大掃除の本格実施」「経済・財政・社会保障の一体的立て直し」「責任感に立脚した外交・安全保障政策」の三つの課題を軸に展開している。
その中でまず外交・安全保障の分野では、鳩山前首相が昨年十月二十六日に行った所信表明演説との大きな違いに注目せざるをえない。鳩山は、「日米同盟」について「緊密かつ対等」という言葉を強調した。そして「対等」という用語の意味を解説して「日米両国の同盟関係が世界の平和と安全に果たせる役割や具体的な行動指針を、日本の側からも積極的に提言し、協力していけるような関係」と述べた。鳩山はこの「対等」性を「アジア太平洋に位置する海洋国家」としての日本の位置から指摘し、多角的安全保障機能をふくむ「東アジア共同体」構想の中で打ち出したのである。
しかし菅の所信表明演説の「責任感に立脚した外交・安全保障政策」で強調されるのは何よりも「『現実主義』を基調とした外交」である。菅は「日米同盟は、日本の防衛のみならず、アジア・太平洋の安定と繁栄を支える国際的な共有財産と言えます。今後も同盟関係を着実に深化させます」と言うだけで、「対等」という用語は彼の所信表明には全く出てこない。そして鳩山の「『架け橋』としての日本」というタイトルが付された外交・安保方針の中で理念的にも大きな意味を持っていた「東アジア共同体」については、「アジアを中心とする近隣諸国とは、政治・経済・文化等の様々な面で関係を強化し、将来的には東アジア共同体を構想していきます」と、いつかわからない「将来」の問題に棚上げされてしまった。
菅政権が敢えて「責任感に立脚した」とか「現実主義」という言辞を外交・安保方針の軸に据えていることは、言うまでもなく鳩山前政権の「普天間県外移設」の公約が米国の逆鱗にふれて「迷走」し、「辺野古現行案」への回帰によって政権崩壊の引き金をひいてしまった轍を踏みたくないという、米国への恭順表明にほかならない。
菅は新首相に指名されるや、早速オバマ米大統領に電話をかけ辺野古新基地建設を現行案に沿って遅滞なく遂行する「日米共同声明」と「閣議決定」の順守を確約した。施政方針演説でも繰り返された「沖縄県民の負担軽減」という言葉は、辺野古新基地建設強行のための枕ことば以上の意味を持たない。
菅の所信表明演説と昨年十月の鳩山の所信表明とのもう一つの顕著な違いは、鳩山が「あるべき社会像」としてマイノリティーの権利を含む「多文化共生社会」のリベラル的理念について語っていたことに対して、菅は何も語っていないことである。
たとえば鳩山は「あらゆる面での男女共同参画を進め、すべての人々が偏見から解放され、分け隔てなく参加できる社会、先住民族であるアイヌの方々の歴史や文化を尊重するなど、多文化が共生し、誰もが尊厳をもって、生き生きと暮らせる社会を実現することが、私の進める友愛政治の目標となります」と述べていた。そこには、連立与党の国民新党を配慮して、「外国人参政権法案」や選択的夫婦別姓のための民法改正を明示してはいないものの、そうした方向性も暗示されていたと考えられる。
しかし菅の場合には「男女共同参画社会」は「『強い経済』の実現」のための「雇用、人材戦略」の中に組み込まれて触れられているだけであり、「多文化共生」や「偏見からの解放」という理念を意識的に遠ざけ、極右排外主義的言説との摩擦を回避しようとする志向が顕著である。
すべては「強い経済」から
菅の所信表明の核となっているのは、「経済・財政・社会保障の一体的立て直し」である。菅はここで「公共事業中心」の経済政策を「第一の道」、行きすぎた「市場原理主義」により貧困・格差を深刻化させた「第二の道」との対比で、「経済社会が抱える課題の解決を新たな需要や雇用創出のきっかけとし、それを成長につなげ」る「第三の道」を押し出している。このネーミングは、戦後の英国の「福祉国家」政策、サッチャーの市場原理主義的な「民営化・規制緩和」路線に対して、ブレアの「ニュー労働党」路線を理論づけたギデンズの社会自由主義的な「第三の道」にヒントを得たものだろう。
しかしこの「経済・財政・社会保障の一体的立て直し」路線は、結局のところすべてを「新たな経済成長戦略」に収れんするものになっている。菅の所信表明において「経済・財政・社会保障の一体的立て直し」の第一に置かれているのは「強い経済」の実現である。菅が進めてきた「新成長戦略」は、「グリーン・イノベーション」(地球温暖化対策、「水」産業、原発などエネルギー部門への投資)、「ライフイノベーション」(健康への投資)、「アジア経済戦略」、「観光立国・地域活性化戦略」、「科学技術立国戦略」、「雇用・人材戦略」を列挙し、こうした新規投資部門を中心に「強い経済」を実現し、二〇二〇年度までの年平均で「名目三%、実質二%を上回る経済成長をめざす」としている。
菅首相の「経済・財政・社会保障の一体的立て直し」とは、あくまで「強い経済」を基礎にして「強い財政」をめざすことが前提になっている。そのための財源確保の方策として明確に消費税の大幅引き上げを想定して、「超党派の議員」による「財政健全化検討会議」をつくることを呼びかけたのである。「強い社会保障」もまたこうした「成長戦略」の中に位置づけられているのであり、生活権・労働権をそれ自身達成すべき「公正な社会」のための基準として打ち立てようとしているわけではない。
昨年十月の鳩山の所信表明演説は、「人間のための経済」と題して、「市場にすべてを任せ、強い者だけが生き残ればよいという発想や、国民の暮らしを犠牲にしても、経済合理性を追求するという発想がもはや成り立たない」と主張し、「経済合理性や経済成長率に偏った評価軸で経済をとらえるのをやめよう」と述べた。われわれはこうした鳩山の主張が、新自由主義の枠組みを根本的に乗り越える「オルタナティブ」を提供するものではなく、破綻を微修正しながら新自由主義的グローバル経済の枠組みを維持しようとするものでしかない、と批判した。しかし彼の「人間のための経済」のキャッチフレーズには、少なくとも資本主義的「経済合理性」や「経済成長率」への広範な民衆の疑問が反映していたことも認めなければならない。
もちろん菅の所信表明演説も、「反貧困」ネットワークの湯浅誠さんの活動を取り上げて「支え合いのネットワークから誰一人として排除されることのない社会」=「一人ひとりを包摂する社会」の重要性について言及している。しかしそれは「排除」を生み出す経済システムの変革として語られるのではなく、あくまで「まちづくり」「防災・防犯」などの住民動員政策と一体となった、行政のみに依存しない「共助の精神」に集約されるかたちで展開されているのである。
だからこそ竹中平蔵からも、菅の「強い経済」について「結構いいことを言っていて、私はあえて菅さんに期待している」(朝日新聞、6月10日)と「評価」されるほどなのだ。
大衆闘争の再構築が鍵
以上、菅内閣の陣容、そして彼の所信表明演説を通じて、菅内閣の基本方針が、鳩山政権の「迷走」・挫折・崩壊の教訓を、いっそうの「日米同盟」重視=対米「従属」の深化と、新自由主義路線への回帰というかたちで集約しようとするものであることが明確になりつつある。先に指摘したように、それは「中道左派」的理念をちりばめた鳩山路線から、「現実主義」を前面に出した「中道右派」路線への転換にほかならない。
菅新政権は、「脱小沢」色を鮮明にすることで七月参院選に向けて支持率を「V字型」に回復することに当面成功している。菅内閣の支持率は各メディアの調査では六〇%を軒並み超え、民主党への支持も自民党の倍以上になっている。しかし菅新政権が、鳩山政権が直面した「普天間移設」=日米同盟の壁と経済・金融・環境・食糧・エネルギーなど資本主義システムのトータルな危機の構造に対処することができないことは言うまでもない。
鳩山政権の崩壊と菅新政権の成立は、労働者・市民の運動にとっての新しい試練でもある。労働者・市民は、昨年八月総選挙での「政権交代」の中で、鳩山政権に対して沖縄県民の「普天間即時返還・新基地建設反対」の島ぐるみ闘争を先頭に、派遣法抜本改正を焦点にした非正規労働者の権利確立の闘いなど、自らの要求を実現する新しい闘いの領域にチャレンジしようとしてきた。だが沖縄の闘いが、鳩山政権を追い詰めるまでに大きく高揚したことを例外として、「本土」の労働者・市民の運動は政権に対して政策の変更を迫る攻勢局面をいまだ切り開くにはいたっていない。
この困難な状況が、より新自由主義的で現状追認的な路線を「市民主義」の衣で覆った菅政権への「期待」として表現されている。
他方、極右の平沼を代表とする「たちあがれ日本」、安倍元首相ら自民党内の「日本会議」系右翼議員で構成する「創生日本」、山田前杉並区長、中田前横浜市長ら自治体首長経験者による「日本創新党」は「日本を救うネットワーク」(救国ネット)を六月十日に立ち上げ、参院選での民主党単独過半数獲得阻止のために協力すると発表した。菅新政権に対し「まれに見る左翼政権」と途方もない規定を行う彼らは、「外国人参政権阻止」「夫婦別姓反対」を結集軸に、明確に排外主義的国家主義政治潮流の結晶化に進んでいる。かれらに引きずられる形で民主党・菅政権の「右傾化」が加速されようとしているのだ。
参院選に向けて状況はきわめて流動化しつつある。「普天間基地即時返還・辺野古新基地建設反対、日米共同宣言・閣議決定白紙撤回」の闘い、派遣法抜本改正、反貧困・反失業の運動を改めて再構築し、菅新政権に自らの要求を迫っていく必要がある。
七月参院選において自民党・右派新党を敗北させよう。沖縄県民の「民意」を裏切って基地を押し付けた民主党への批判の意思を明確にし、共産党、社民党への投票を!
(6月13日 平井純一)
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