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階級覚醒の新しい曙光                  かけはし2010.6.21号

新世代の労働者は誇りを胸に堂々と闘い開始

中国ホンダ部品の労働者によるストライキを記す

孟春

 中国広東省仏山市にあるホンダ自動車部品製造工場では五月十七日にストライキが打たれた。要求は大幅な賃上げと労働組合の建て直しであった。五月二十一日に再開したストライキは、中国でのホンダの自動車生産を一時的にストップさせた。ストライキは六月一日まで続き、ホンダの合弁相手の中国資本である広州自動車の社長で全人代代表自らが調停に当たらなければならないほど、その影響はホンダの供給生産体制だけでなく中国全土に拡大した。六月四日に示された大幅な賃上げ案を受け入れることでストライキは終結したが、このストライキに影響を受けた他の地域でもストライキがつづいている。過酷な低賃金に対して整然たるストライキで対抗したホンダの若い労働者たちに中国全土で賞賛の声が上がっている。一方で彼ら、彼女らの苦境を改善するどころか資本の側に立ち恫喝・暴力を振るった官製労働組合の総工会のあり方に批判の声があがっている。今回の中国ホンダ部品の若い労働者たちによるストライキは、世界に展開する自動車産業をはじめとするグローバル資本の利潤の源泉が依然として労働者に対する過酷な搾取であることを明らかにするだけでなく、経済危機から真っ先に回復したとされる「世界の工場」中国における階級闘争の新しい展望を指し示す歴史的な闘争といえるだろう。香港からはホンダ労働者を支援しようという国際署名が全世界に発信され、香港ホンダへの抗議行動も行われた。日本における国際連帯のあり方を真剣に議論すべきときだろう。以下は、ストライキ終結前日に書かれた論評である。原注はすべて割愛した。(早野)

 富士康(フォックスコン:中国に進出している台湾資本:訳注)での「十三人目の飛び降り」事件が世間を騒がせていたそのときに、広東省仏山市南海区にある本田汽車零部件公司(ホンダが100%出資した部品製造工場。以下ホンダ部品:訳注)の労働者によるストライキがにわかに沸き起こった。もし前者を、被雇用者の驚くべき「脆弱な」地位を存分に表現したものであるとすれば、後者は、その将来性はいまだ不明であるが、人びとを奮い立たせる中国労働者階級の潜在力を存分に示したものだといえるだろう。それはわずか一千人強の労働者による単独一工場内で打ったストライキが、サプライチェーン全体を断ち切り、関連する自動車組み立て工場は部品供給の中断で生産停止を迫られ、一日あたりの損失額が二・四億元にも達した。

搾取工場が支える先端産業

 ホンダ部品は広東省仏山市南海区の獅山工業団地に位置し、全工程で自動変速機を生産し、他の三つの日中合弁の自動車組立工場に供給している。千八百人強の労働者の七〜八割は技術専門学校に在学中の実習生である。「かれらと会社との契約は実習契約なので、『労働法』の保障を受けられない。賃金も毎月わずか九百元で、最低賃金を下回り、社会保険にも一切入っていない。……宿舎の光熱費を引かれたら、毎月七百元ちょっとしか残らない。実習生は一年ほどの実習の後はじめて卒業証書を取得して正社員になることができる。しかし正社員になっても賃金は一千元ほどにしかならない」。
 ホンダの一〇〇%子会社であるこの先端産業が南海区にやってきた理由は、現地政府による産業構造の改編政策と関係がある。この会社で生産するエンジンと変速機は自動車の中核的パーツである。「現段階で、国内にはエンジンを自社開発できる企業はかなりあるが、変速機を自社開発できる企業は一社もない」。「自動車産業では、多くの外資系工場の一部の重要パーツは全部輸入に頼っている。技術流出対策だといわれている。だから中国ではそれ以外の単純加工と組み立てのみが行われている」。現地資本家たちはホンダの「技術鎖国」と超過利潤を妬んだり羨ましがったりと、他人の不幸を喜んでいるところもある。これについてはひとまず触れずにおくが、一点だけ指摘しておこう。いわゆる先端産業と搾取工場は矛盾するものではないということだ。
 ホンダのこの先端産業では、労働者は毎日「一人一工程」の反復作業の流れ機械作業をさせられていた。会社は低賃金で熟練工が辞めていくことを気にかけてもいなかった。新入工員は七日間の研修で(その後3日間になった)仕事に就くことができたからだ。だから長年にわたって新入工員や技術専門学校からの実習生で高い労働流動率に対応してきた。また「労働環境は極めて劣悪で、作業空間は暑く、騒音が大きく、汗の臭いとあいまって臭くてたまらない。耳栓、アイマスク、マスクなどをつけなければならない。マスクは分厚い綿のマスクで、一日の仕事が終わってマスクを外したら、顔中が真っ青のオイルまみれになっている」。
 メディアはホンダの労働者が未熟な技術しかもっていない労働者で(「やっている仕事は何ら技術の必要でない、ねじを回したりするだけのものだと、かれら〔労働者〕も認めている」)、まるで低賃金には理由があるかのような報道をしていた。しかしある労働者はこう述べている。「何の技術もいらないだって? じゃあ、やってみたらどうですか。仕事ではどれだけ高い品質が求められているかを知っていますか。ホンダはこの技術によって高い超過利潤を得ていた。これは中国の人々(労働者を含む)を大いに憤慨させた。しかし実際には、中国の民族資本においても同じことが行われている。資本の本質において国籍は無関係である。中国民族資本が憤慨する理由は嫉妬によるものである。しかし労働者が憤慨する理由はこうだ。「そんなに儲けているのに、私たちには相変わらずひどい扱いしかしないのか!」。

ホンダの弾圧VSストライキの熱

 ストライキの遠因は、仏山市が最低賃金を引き上げたにもかかわらず(2010年5月1日から770元から920元に引き上げた)、会社は労働者に支給されていた手当てを百五十元引下げ、それを基本給の引き上げに充てた。労働者の収入に変化はなかったのだ。この様な方法は多くの企業で常態化していたやり方だが、労働者達が蓄積していた恨みがここで爆発した。ここの労働者は、毎月一千元少しの低賃金で、昇給の機会も少なく、昇給幅も小さい。生活費を差し引くとほとんど残らない。毎月借金をしなければ生活できない労働者もいた。その一方で労働強化が増していった。堪忍袋の緒が切れた労働者はストライキを計画した。
 五月十七日午前、ギヤボックス組立課の百名余りの労働者が仕事を放棄し、賃金の引き上げと福利厚生の改善を要求した。当初はどうしていいか分からない労働者も多く、他の部署の二百人余りが呼応しただけであった。工場側はストライキの拡大を阻止するために、労働者の意見を募って一週間後に回答すると述べた。労働者は仕事に戻った。
 十九日正午から、労働組合、政府の担当者や労働部門の関係者、労使双方らによる交渉が行われた。労働者はそれぞれの班から数十人の労働者代表を選出して、基本給を千八百元に引き上げることなどを含む百八項目にわたる意見書を提出した。会社側は二十四日に回答することを約束した。
 「連日の激戦を経て、経営陣は私たちのために何もしてくれないことがはっきりした」。会社の対応が時間稼ぎでしかなく、ストライキ参加者への対応を検討していることをすぐに理解した。会社はストライキの率先者を解雇して労働者を分断する手段を考えていた。
 五月二十一日夜、夜勤労働者が出勤した十分後、ストライキを提起する労働者に他の労働者が同調した。組立課はストライキを打ち、他の部署の労働者も集めて一緒にストライキに突入した。深夜勤、日勤の労働者も同調した。こうしてストライキは工場全体に波及した。日本人管理者は率先する労働者を追いかけ、そのうちの二人から工員証を剥ぎ取った。管理者は弾圧、恫喝、分断に着手した。
 二十二日は土曜日だったが、会社はストライキで落ちた生産を回復するために労働者に残業を命じた。労働者はストライキの継続でそれに応じた。正午、会社は場内放送を通じて、率先してストライキを行った二人の労働者を解雇したことを繰り返し放送し、労働者にどう喝をかけた。二人はストライキ以前に辞職を願い出ており、受理されてはいたのであるが。会社は労働者の写真を撮り「証拠」として収集するなどの恫喝まで行っていた。メディアやウェブに掲載された写真から、労働者は統一して作業帽とマスクを被って会社による隠し撮りに備えた。
 かれらは工場敷地外に住んでおり、スト期間中もいつもどおり通勤バスで工場まで来るが、仕事場には行かずに、バスケットコートに集まった。各部署でバラバラにいると弾圧や分断を招くからだ。みんなでストライキの戦術やスローガンなど各方面の細部について討論し、重要な決定については伝言用紙をまわして互いに連絡をしあった。実習生と正社員は固く団結していた。その後、各地の記者が殺到した。二十三日、労働者がインターネット上につくった「ストライキ蜂起(ホンダ)」という掲示板は「非合法集会」として閉鎖された。
 五月二十四日の交渉において、会社側は毎月の生活手当てを六十五元から百二十〜百五十五元に引き上げるが、基本給は引き上げないと提示した。会社側は実習生に対して「サボタージュ、業務拒否、ストライキを指導、組織、参加しない。会社の事前許可のない集会には参加しない」ことを約束した「実習継続確認書」に署名することを迫った。労働者はこの会社提案を怒りをもって拒絶し、ストライキを継続した。二十六日、事態が深刻化するかもしれないと感じた会社側は新たな案を提示した。実習生は賃金と生活手当てを合わせて四百七十七元、正社員は三百四十〜三百五十五元の増額案である。しかし労働者の要求からは大きく乖離していることから再度拒否された。
 二十七日、労働者は集団討論の後、総経理(社長:訳注)に対して「労働者の要求」という書面を渡した。主な内容は、一、基本給で八百元を引き上げ、年間昇給は一五%を下回らない、二、年齢給を年間百元増額し、十年を限度とする、三、ストライキで退職に追い込まれた労働者を復職させ、ストライキ参加者に報復しない、四、ストライキ期間中の賃金を支払う、五、労働組合を建て直し、委員長と関係職員を再選挙する、などである。

労働者の権利擁護を妨げるもの

 中国労働者による現在の「権利擁護」行動の多くが「合法的な権利擁護」活動に限定されている。それゆえ、経営者が「法令順守」をしている場合には労働者は全く身動きが取れない。国内の労働者サービス機構などによる「生活賃金」の提唱でさえも非現実的な状況であり、「多数の企業が最低賃金水準にさえ到達していない」と考えられる。つまり経営者に対して「法令順守」を促すだけでも大いなる進歩であると考えられる。ホンダや他の多くの外資系企業は法律の境界線やグレーゾーンに陣取り、率先して「最低賃金水準」、すなわち「飢餓賃金」を遵守し、地元での「最高賃金」の模範となっている。ホンダがまさにそうであった。労働者が「日本からのサポーター」の高給に抗議し、「同業賃金水準」を持ち出した理由とも関連する。
 「仏山市の最低賃金がいくらなのかは知らない。だけど日本人が何万元も月給をもらっているのに、中国人が数千元もらっても多いということはない! 同一労働同一賃金がストライキをした最大の理由だ!」「一カ月一千元では、部屋代や食費などの基本的な生活で使った後はほとんど残らない。両親になんていえばいい? 結婚もできない。子どもを養うこともできない。僕らは生まれながらにして安い労働力なんかじゃないのに……」。
 ストライキ権と労働組合の問題は再度、世論の注目するところとなった。「仏山ホンダ労働者は『スト貫徹』を叫び労働組合の建て直しを要求する」というニュースの見出しは関心を集めた。ホンダ労働者によるこの要求は、労働組合が無為無策で、ひいては資本の手先となっていることに対する憤りが根底にある。海外の労働組合がどのようにして労働者の権利を防衛しているのか、各国の政府と資本家がどのように労働組合を尊重あるいは嫌悪しているのかという神話が、メディアやウェブでさまざまに飛び交っている。被搾取階級の側のこれらの誤解の根本には、国際的な労働運動との隔絶、そして長年にわたる自立的組織と闘争の継承の中断が関係している。
 中国民族資本のブレーンにとっては、改良の必要性から出発している(総工会の言葉によれば「安定維持の前提は権利の擁護である」。もちろん現在の政府系労働組合には担うことなどできはしないが)。韓国双竜労働組合の闘争およびフォード自動車の倒産の過程で、民間主流メディアは、資本の統制を離れた労働組合の力に対して憂慮を示していた。「民主主義の旗の下で、韓国では毎年一万一千件の労組のストやデモが発生し、参加人数は四百万人近くにも上る。労働組合はしだいに一部の政治組織団体の道具に変化している」。
 ストライキが半月近く続いた後、ウェブ上での書き込み削除が行われ始めた。多くの大手ウェブサイトでは関連記事が上からの命令で削除され、コメント欄も閉鎖された。五月三十一日に伝わったぞっとする情報によると、警察がホンダ工場付近の道路を封鎖し、獅山鎮〔ホンダ工場のある地区〕総工会の二百人以上の関係者が会社の管理者と一緒になって労働者に仕事に戻るように恫喝し、暴力を振るい、多数の労働者が怪我をした。これらの関係者は一律に黄色い帽子をかぶり、胸には「獅山鎮総工会」のプレートをつけていた。かねてから中国の各階級から嘲笑されていた政府系労働組合は無為無策の下劣なイメージを払拭するかのように、階級闘争の舞台に踊り出て、労働者に対して拳と足を振りかざしてきた。
 しかし、これら労組関係者の本当の身元はわからない。警察や治安隊ではないかという噂や、会社あるいは地元総工会が雇った近隣住民あるいはチンピラではないか、という噂もある。またこれらの人間が故意に混乱させて、労働者が抵抗したら逮捕しようとしていたという噂もある。この事件の後、地元の総工会は厚顔無恥な謝罪の手紙を公表した。手紙は「個別の労働者が興奮して組合職員と肉体的な衝突が発生し、……これらの四十数名の労働者の行為は大多数の労働者の権益を損ない、同時に正常な生産秩序を破壊した」と述べ、さらに「五月二十六日に会社側が提示した昇給案では、五月二十七日に仕事に戻るという条件で、正社員の賃金と手当を三百五十五元、実習生の賃金と手当を四百七十七元引き上げるものであった。その後も労働組合は努力を重ね、五月三十一日にそれぞれ三百六十六元と四百八十八元の昇給とすることで会社側を説得するなど、皆さんの利益のために努力した」と、たった十一元の増額を自慢した。
 翌日(6月1日)、早番の労働者が集められた。このとき会社側は二四%の昇給案を提示し「ストライキ参加に関しては処分しない」と約束したが、獅山鎮総工会による暴力行為については一言も言及しなかったことから、労働者は会社側の提案を拒否し、「まず暴力事件について解決せよ」と逆に要求した。六月三日現在、労働者は仕事に戻っており、六月四日に会社から回答を受け取ることになっている。ある労働者はこう解説する。「政府の高度の関心は、もし労働者の要求が実現されたら、全国各地で低所得者層と資本家との利益大戦が巻き起こり、これまでの良好な投資環境は破壊される。政府がどうして用心棒として登場するのかは、地方政府の業績の必要性から来るものであり、大局的利益を損なわないという前提のもと、経済成長と政治的安定を維持するために、低所得者層の切実な利益を犠牲にせざるを得ないからだ」。
 この「良好な投資環境」は当然にも日本企業のためだけではなく、全ての資本家のためである。労働者が自覚しているかどうかに関わらず、賃上げと労働組合の建て直しのための闘争は、日本企業だけでなく、すべてのブルジョアの階級的利益に抵触するのである。

「新労働者」と階級闘争のあけぼの

 ホンダ労働者と他の民間企業の労働者には違いがある。かれらは(実習生を含む――正社員の多くももともとは実習生から正社員になった)、当たり前のように自分たちを「出稼ぎ労働者」ではなく「労働者」であると考えているのだ。この点については取材をした記者もそう感じている。「彼らは新しい世代の労働者だ。地方都市や田舎の町からやってきているが、単なる出稼ぎ労働者の第二世代とひとくくりにすることはできない」。国有企業の労働者や一世代前の出稼ぎ労働者と対比する意味で、かれらを「新労働者」と言うことができるだろう。かれらの境遇は出稼ぎ労働者と大きく変わるものではない。同じように失業に怯え、資本と官僚の恫喝を恐れている。ストライキの当初はとりわけそのような特徴が見られた。しかしそれらの恐怖はストライキが全面的に展開される中で減退していった。
 「私たち実習生は全員十七〜十八歳で、社会的経験もない。だから最初に日本人に標的にされたのかもしれない。解雇するとか、卒業できないぞとか、学校に損害賠償を請求するぞとか。私たちはまだ若いし弱い。そうやってプレッシャーをかけられるとどれだけ怖いか分かる?どれだけ孤独かわかる?……だけど屈服はしない。お金のためでもあるけど、それ以上にプライドが許さない。……学校を卒業して最初に就いた仕事でこの弱肉強食の社会を味わうことになった」。
 闘争は多くの労働者の意識を急速に成長、成熟させ、勇敢にした。これまでよく見られたような、希望を上層に託す労働者と比較して、ホンダ労働者たちにはそのような幻想は少なく、中には「政府に期待したことなんてない」という労働者もいた。労働組合には「中立」でいてくれることを期待した。かれらの行動は他の地域の多くの労働者の勇気をかきたてた。周辺の工場では争議の発生を恐れた工場が率先して賃上げに走った。ホンダ労働者のコメントや討論などはインターネットの掲示板やチャットを通じて配信された。そこでは純粋な労働者階級の意識、被雇用者の意識が表現されている。彼らがストライキ中にとった戦術や理にかなった節度ある行動も賞賛すべきものである。これら一切が階級闘争の新たな曙光を示している。この闘争の資料を集め整理し、分析を行う必要があるが、ここでは割愛せざるを得ない。

 二〇一〇年六月三日


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