| 経団連の引き写し―菅政権の「経済・財政」プラン かけはし2010.6.28号 |
六月十七日、民主・自民両党を中心に参院選のマニフェストが発表された。民主党は昨年の総選挙で出したマニフェストが財源問題などで頓挫したことによって項目全体を大幅に変更し、メインテーマである消費税に関しても「消費税を含む税制改革に関する協議会を超党派で開始する」と抽象的に扱った。しかし、自民党が「消費税率は当面一〇%とし、食料品の複数税率など低所得者への配慮も検討する」と発表すると、人気をV字的に回復させた菅新首相はそれに飛びつき、「消費税一〇%」の方向で民主党も検討すると発言した。この新首相発言に対して玄葉公務員制度改革相は「一〇%」は党の公約になるのかという記者の質問に当然「そうなる」と答え、仙谷由人官房長官も翌日のテレビ番組で「(消費税率をめぐって)衆院選を早めることも事と次第によってあるかもしれない」と述べ、消費税増税問題が一躍七月参院選の最大の焦点に浮上した。
財界と呼応した
「新成長戦略」
菅直人は六月三日の民主党代表選の立候補会見で「鳩山代表とはよきライバルであり、盟友だ。昨年(衆院選)、国民が民主党に託してくれた日本の再生というたいまつを鳩山由起夫首相から引き継ぎ、実現する」と述べた。だが普天間基地問題では「沖縄県民の負担を軽減する」と一言触れただけで「なかなか大変な課題だが、今までのような泥沼というか、無限に借金が増える方向性を正したい」と「財政健全化」を政権の中心的政策にすることを強調した。そして六月十一日の所信表明演説では全体四十分のうち半分を「経済・財政・社会保障の一体的立て直し」と題して経済問題に費やした。
マスメディアによると今年一月国家戦略相から財務相に就任した時から、菅直人は自ら「総理大臣」になった時には「経済問題」を全面に掲げることをすでに考え始めていたという。昨年九月の政権交代後に副総理に就き、次期首相候補・「ポスト鳩山」と言われながら普天間問題で「沈黙」を通し続けたのもそのためであった。首相就任後、菅新総理が最初にした行動がオバマに対する辺野古継承の電話連絡であったことと符合する。
鳩山政権を受け継ぐ「現実路線」とは、鳩山が辞任表明で述べた「米国に依存し続ける安全保障」に代わるものを模索することではなく、「日米同盟」の無条件の安定的維持の上に、「友愛」などのあいまいな理念ではなく「経済の低迷などの閉塞感を打ち破る政策」の推進であった。これを実現・達成していくために、第一は財政と社会保障の基盤を立て直し、第二に経済の構造を変え、新しい産業と雇用を生み出す新しい成長戦略を描くこと、ここに政策の的をしぼったのである。
そのためには「政治とカネ」で行き詰まった民主党を、「人事」の枠にとどまらず「経済政策」の面でも「脱小沢」を押し進めることが参院選に向けて「菅新政権」の基盤を固めることに有利に働くと考えたのである。昨年の総選挙で掲げたマニフェストは、小沢主導のもとで選挙至上主義と大衆迎合という袋小路に陥り、子ども手当、高速道路無料化、後期高齢者医療制度の廃止などの「生活に密着」する政策がすべて行き詰まった。切り札の事業仕分けは「予算策定の可視化」としては十分な効果を上げたが、財源として確保されたのは二兆円強に過ぎず、当初予定した財源の五分の一も生まなかった。
所信表明演説の「強い経済、強い財政、強い社会保障」そしてそれを実現していく「強い政治」。「四つの強い」という言葉に込められたのは「誰もやれなかった消費税率のアップ」であり、財界が主張する「法人税の減税による成長戦略」への合流である。だが菅政権の人気は彼の思惑を超えV字に上昇したことに気を良くし、民主党のマニフェストが「検討会議」の設置という抽象的な水準にとどめたのに対し党内の討論を経ずして、自民党の「消費税一〇%」に飛びついたのである。
あらゆるツケは
労働者民衆に
菅新首相はすでに述べたように所信表明で過去の公共事業中心の経済政策(第一の道)の限界、小泉政権を中心に押し進められた行き過ぎた市場主義(第二の道)を是正・否定し「強い経済・財政・社会保障」の実現をめざす「第三の道」を提案した。
これは極めて抽象的に第一に「グリーン・イノベーション」、第二の「ライフ・イノベーション」、第三に「アジア経済戦略」、第四に「観光立国」、第五に「科学・技術立国戦略」、第六に「雇用・人材戦略」の政策の遂行を通して二〇二〇年度まで年平均で「名目三%、実質二%を上回る経済成長をめざす」と述べられている。さらに「もはや、国債発行に過度に依存する財政は持続困難です。……現状の国債の発行水準を継続すれば数年のうちに債務残高はGDP比二〇〇%を超え……与党・野党の壁を超えた国民的な議論……『財政健全化検討会議』をつくり」と文字にはなっていないが「消費税を増税する」ことを暗に結論としている。
これを受け六月十八日の閣議では今後十年間の経済運営の指針となる新成長戦略を決定している。ここでは所信表明から一転し極めて具体的に「環境・エネルギー」「健康」「アジア経済」「観光」の主要四分野で三百三十項目の成長戦略を盛り込み、百二十三兆円の市場と五百万人の雇用を創出する目標を掲げている。政府が財界と一体となり「原発・新幹線」、「水事業」などの外需を取り込むためのインフラ輸出ということが大きくクローズアップされている。この内容は四月に日本経団連がまとめた「成長戦略2010」を受けたものであり、日本経団連の米倉会長と民主党の枝野幸男幹事長は「東アジアでの自由貿易協定(FTA)などの経済連携についてもすでに合意した」と言われている。
そして最も注目しなければならないのは、この閣議で法人税の実効税率を「EUなどの主要先進国並みの水準」に引き下げるとし、一一年度中に消費者物価上昇率をプラスに転換させ、安定的な物価上昇によるデフレの終結をめざすことまで明記されている。菅新政権の押し進めようとする成長戦略は小泉「改革」の規制緩和と法人税減税にプラスしてあらゆるツケを労働者民衆に一方的に押し付ける「消費税増税」が財源として提案されているのである。ここには昨年鳩山が提唱した「人間のための経済」「生活重視」の発想も政策も存在しない。今国会で「労働者派遣法の改正」「障がい者支援法」「高齢者医療制度の廃止」などの法案が見送りにされたり、先送りにされたのは国会の期日の問題や連合などの圧力だけではなく、菅新政権が選択しつつある政治的方向にこそ核心があることを示している。
小泉政権で新自由主義を実際に押し進めた竹中平蔵でさえ「私はあえて菅さんに期待している。……法人税減税で企業の負担を軽くし、規制緩和で参入の壁を低くする。こうした政策を伴わない成長戦略なんてあり得ない」と発言するに至っている。
消費税の税収は
法人税の減税分に
「強い経済・財政・社会保障」という政策の両輪は「消費税率のアップ」と「法人税減税」であり、それを押し進める「強い政治」ヘゲモニーの実現こそ菅政権がめざすものであることが明らかになった。そしてこの両輪は経団連が四月に発表した「成長戦略2010」と一字一句同じだということである。鳩山政権の八カ月を経て政府と財界の一体化が再び実現されつつあるといえる。今度は自民党ではなく、その担い手が民主党という形だ。
それと同時に見落としてはならないのは、二〇〇九年に普天間基地問題がありながらも民主党政権のもとで米軍に対する「思いやり予算」は自公政権以上に拡大し、三千三百七十億円までふくれあがっているという事実である。それが今後米軍のグアム移転費や新基地建設などでさらに増大しようとしているのであり、この分野でのバラマキ政策は自公政権以来全く変わっていないのである。
最初は三%、その後五%に増税された消費税の二十二年間の税収は総額で約二百二十兆円と試算されている。一方法人税、法人県民税、法人事業税と呼ばれる法人三税の二十二年間の減収は約二百兆円で、消費税分はそのまま大企業に法人税の減税という形で移動したことになる。消費税の五%は中小企業は赤字でも負担させられ、「庶民」に至っては逃げようがない。しかし、大企業は「価格に上乗せ」することによって実質的には負担分を「ていのいい値上げ」で切り抜けてきた。今後税率が仮に一〇%にアップしてもこの基本構造は変わらず、年金など「社会保障費」にまわるのは極めて少額に過ぎない。消費税の税率アップは「年々増大する社会保障費の財源」と言われるが、それは今までも、そして今後も政府の言うように使用されるという保障はない。
日本の法人税
は高いのか?
財界や経済産業省は日本の法人税(実効税率)は、EUなどの多くの「先進国」が三〇%であるのに比較して日本は四〇%であるから一〇%も高い、「これが国際競争力を奪っている」と法人税減税の必要性を主張している。財界と経産省が二五〜三〇%、自民党が二〇%、そして先日の就任会見で直島経産相は一五%を提案した。
だが日本の場合には研究開発減税など企業優遇税が二重三重に存在し、すでに三〇%を下回っているとも言われている。さらに政府資料によると日本の企業が負担している社会保険料はEUに比べかなり低額であるだけではなく、ほとんど労働者と企業の負担分はイーブンで、フランスの企業と比較すると企業負担分は七割にもなっていないと言われてる。法人税減税によって大企業はこの十年間で内部留保金が約百四十兆円から約二百三十兆円と約九十兆円も増大し、他方年収二百万円以下の「ワーキングプア」は一千万人を超えている。これが法人税減税のバランスシートである。
また消費税における食料品などの逆進をなくす軽減税率については明記されているものの、所得税の累進税などは一向に検討もされず盛り込まれてもいない。ここにこの新政権の政治的性格が鮮明に表現されている。
アメリカのオバマ政権でさえリーマン・ショック以降、高所得者と多国籍企業に対して十年間で百兆円の増税を求めているのである。
われわれは参院選で普天間基地の即時無条件撤去、辺野古新基地建設阻止とともに消費税率の引き上げ阻止、法人税の引き上げ、累進所得税の強化、最低賃金の大幅引き上げ、年金など社会保障費を充実させろという闘いを展開していくことが必要である。
労働者民衆の闘いが弱ければこの菅民主党政権は結局のところ自公政権と全く変わらないものになってしまうのは明白である。戦後政治支配構造は崩壊したが、新たな再編の攻防が資本・企業、そしてアメリカ帝国主義と労働者民衆の闘いとして続いているのである。
沖縄県民は普天間基地の即時撤去、「県外移設」の島ぐるみの闘争をつくりあげている。今こそこれに合流する運動の高揚を実現しよう。 (松原雄二)
映画紹介
高橋伴明監督作品2010年
『BOX袴田事件 命とは』
あなたなら、
死刑といえますか
一九六六年、清水市(現静岡県静岡市清水)で味噌製造会社専務の自宅が放火され、一家四人が殺害された事件が起きた。この袴田事件と言われるようになった静岡地裁担当主任裁判官であった熊本典道さんが三年前、「袴田巌死刑囚を有罪とする証拠が不充分だとして無罪を主張し、一審死刑判決に反対したが多数決で死刑判決を書かざるをえなかった。今でも袴田さんは無罪だと確信している」ことを明らかにした。この報道を知り、大きな衝撃を受けた。当時の狭山集会でもこのことが大きく取り上げられ、袴田事件の再審は確定的になったと思った。しかし、再審は棄却され現在第二次再審闘争が行われている。
デッチ上げと
虚偽の「自供」
私は静岡県出身ということで、島田事件(静岡県島田市)の赤堀元死刑囚が再審無罪を勝ち取ったこともあり、清水で起こった袴田事件を知った後は、どうなるのだろうと書籍なども読み関心をもっていた。
今回、袴田事件を扱った映画が五月二十九日封切られるというのでさっそく観た。袴田事件には物証がほとんどなく、自白調書に依存したものであった。味噌工場従業員の中で唯一「遠州者」というよそ者、柔道二段の専務と争える「ボクサーくずれ」そして、少々の借金がある。そんな偏見により、警察は初めから袴田さんを「犯人」としてきめつけ、ウソの自供を引き出す。そうした捜査に疑問を抱いた熊本裁判官はその自白調書を丹念に調べていくと、自白内容がころころ変わり、殺す目的も変わっている。毎日十時間以上にもわたる長時間の拷問的取り調べが自白を強要したと気づく。四十数通の自白調書の内、ただ一通の検事調書のみが証拠として採用さるのみだった。もし、取り調べの可視化が導入されていたなら、確実に袴田さんは無罪になったと取り調べのひどさに怒りを覚えた。
袴田さんの血のついたパジャマの血液鑑定では微量のために血液型が判定できなかった。犯人とされる物証がなくなった。追いつめられた清水署は殺害の証拠とされた血のついた衣類を一年後に、一度徹底的に捜索された味噌樽から発見した。その衣類を袴田さんのものと結びつけたズボンの共布を袴田さんの実家から発見したとする。この発見された衣類を東京高裁では裁判官・検察・弁護人の立会いのもと袴田さんにはかせようとするが小さすぎてはいらない。本来ならこの「証拠」も不採用しかないものだった。こうした手法が実に狭山事件の万年筆のデッチアゲと共通しているのに驚かされる。
判決文を書いた
裁判官の苦悩
この映画は袴田さんの無罪を確信しながらも、多数決によって死刑の判決文を書かざるをえなかった熊本さんの苦悩を追ったものだ。「俺は殺人犯と一緒っちゃ…俺を死刑にしてくれんね」という熊本さんの内的葛藤。そして、裁判官をやめて、袴田さんの無実を証明しようと証拠を再度検証し、それを匿名で弁護士に届け続けた熊本さんの行動が、袴田事件がえん罪であることを強く印象づけている。萩原聖人が真面目で節を曲げられない熊本さん役を演じ、新井浩文が田舎育ちで、無口でボクシングに打ち込む袴田巌さん役を好演し、映画に深みを持たせている。
静岡県の訛りがとてもなつかしく、親近感をいっそう深くしてくれた。さらに驚いたことに、一審の裁判所内でのやりとりで、検事役として(一言も発することなくただ座っていたが)いわきのTさんが映し出されたことである。後でパンフレットを読むと配役の名前には出てこないが、いわき市のいろんな団体が協力しているのでそんな関係者の一人として役をかって出たのだろう。
狭山事件は一九六三年に起こり、袴田事件は一九六六年だ。袴田巌さんは死刑がいつ執行されてもおかしくない状況に二十二年間も置かれている。袴田さんには拘禁症状が現れるようになり、「自分には姉はいない」として、お姉さんの面会も拒否するようになっている。この映画の反響が袴田さんの再審無罪につながるように強く願う。それとともに、昨年始まった裁判員制度によって、一般人が熊本さんのように、死刑に加担させられることもありうるのだ。この映画は「あなたなら、死刑といえますか?」と問うている。(滝)
公式ホームページ
http://www.box-hakamadacase.com/
【訂正】本紙6月7日号2面「韓国哨戒艇爆沈事件」記事1段3行目「民主主義民主主義」を「民主主義」に、6月14日号「韓国はいま」9段中見出しから3行目「キム・ハクソン……」から8行目「る』と語った。」まで文章が重なっているので削除します。
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