| 二〇一〇年同時選挙後も続く不透明さ かけはし2010.7.12号 |
アロヨが繰り出す権力確保策謀にアキノは対抗できるのか
リカルド・ソリス |
解説
五月十日、フィリピンで大統領選、上下両院選、自治体首長選・議員選をはじめとする一斉同時選挙が行われた。この選挙では初のコンピューターによる電子投票システムが導入された。
注目の大統領選では一九八六年の「ピープルズ・パワー」によるマルコス独裁体制打倒のシンボルとなった故コラソン・アキノ元大統領の長男、ベニグノ・アキノ上院議員(愛称ノイノイ)が四〇%を超える得票で、エストラダ前大統領やビリヤール上院議員らの対立候補を大きく引き離して勝利し、六月三十日に大統領に就任した。アロヨ前大統領の不正・汚職への高まる批判がアキノ候補の勝利に大きく貢献したことは間違いない。またアロヨ政権の下で、ジャーナリストらをふくむ反政府派の活動家への「政治的暗殺」事件が頻発し、「テロとの闘い」を名目にしたミンダナオなどでの軍による掃討作戦で先住民族をふくむ多くの住民が土地を追われ、「国内難民」となった。フィリピンの人権状況はアロヨ政権の下で最悪の状況に入っていた。
しかし地域ボスに支えられた大財閥の名望家一族が、軍部と結んで権力を専有するフィリピン政治の構造はなんら変化することはない。貧困問題の解決は、不平等な政治・社会・経済システムの下でますます遠のいている。
以下に掲載したリカルド・ソリスの文章は「IIRE(国際研究・教育機関)マニラ」の季刊ニュースレター第3号に掲載された大統領選とその後をめぐる分析である。退任するアロヨ前大統領一派が、司法機関・軍などを通じてその勢力を温存し、アキノ新政権による「汚職摘発・告訴」の予防線を張っている状況が明らかにされている。なおIIREマニラは昨年十一月につづき、今年八月に「第二回アジア地域グローバル・ジャスティス学校」を開催し、第一回をはるかに上回る規模で多くのアジア諸国から活動家が参加の予定である(第1回アジア地域学校の報告については「かけはし」1月18日号〜25日号参照)。
困難な状況の中で闘うRPM―M(革命的労働者党―ミンダナオ、第四インターナショナル・フィリピン支部)の同志たちをはじめ、フィリピンの労働者民衆との連帯をこめて、今後ともフィリピンの情勢への注目を読者の皆さんに要請したい。(「かけはし」編集部)
最初は最高裁長官人事で画策
二〇一〇年六月三十日(アロヨが後継者に大統領職を引き渡す期日)が近づくにつれて、退任するグロリア・マカパガル・アロヨ大統領は彼女が保持している権力にしがみついているように見える。フィリピンの有権者がノイノイ・アキノ上院議員を新大統領として圧倒的に選出した後、彼女の最後の仕事として最高裁長官を指名したことは、選挙をめぐる紛争があった場合に彼女に有利になるようにするものであり、新正副大統領の就任宣言を遅らせたのである。
フィリピン憲法は、先述したような事態が起きた場合には最高裁は大統領選に関する事案処理の法廷として機能することができる、としている。アロヨは、最高裁が確実に彼女のための法廷であるようにしているし、これからもそうするだろう。彼女の政権への批判者として著名で、最も経歴の長い二人の判事は、五月十七日にレイナト・プノ最高裁長官が退任した後の新最高裁長官選任プロセスに参加しなかった。この二人は、六〇%以上のフィリピン国民とともに、新しく選出された大統領が次期最高裁長官を任命する権利を持つことが、道徳的・常識的に見て正しいと確信していたからである。
退任したレイナト・プノ最高裁長官をふくむ最も経歴のある二人の判事は、全責任を取らされた。退任したレイナト・プノ最高裁長官が、アロヨの憲法違反の倫理に反する動きになぜ従ったのかを理解することは難しい。退任した最高裁長官がフィリピンの「道徳力回復」委員会をスタートさせていたのだから、なおさらのことだ。しかし彼自身、アロヨの反道徳的行為に従うのか、それとも反対するのかという道徳的、あるいは立憲的でもある問題にぶつかった時、彼は法的にも道徳的にも無能力化してしまったのである。彼(プノ)は、なんの努力もせずに最高裁をアロヨ陣営に明け渡した。
五月十七日にレナト・コロナが最高裁長官として宣誓式を行って以後、アロヨの新最高裁と新たに選出された大統領との衝突は、アロヨが作り出したいさかいと安全距離を保ちつつ、新たな局面を告げ知らせているようである。フィリピン最高裁の歴史では先例のないことだが、新最高裁長官は国民に話したい多くのことを説明するためにメディアに登場しなければならなかった。自分はアロヨのご機嫌取りではないし、自分ならびに最高裁は新大統領と行政府のよいパートナーになりうるのであり、決して敵ではない、というのだ。メディアの攻勢は三日間にわたって続いた。アロヨの前スポークスパースンでスタッフのチーフと新任の最高裁長官が、退任する大統領からの独立性について説明すればするほど、より多くの民衆は全く逆を信じるようになっていったからである。
不正の偽告発、票集計にも異義
先週、上院と下院は投票集計機関という憲法上の機能を開始するために会合したが、初の電子的機械投票に関わる幾つかの欠陥のために、行き詰まりに陥った。その多くがアロヨ陣営の与党に所属し、今回の選挙でそのほとんどが落選した候補者たちが、突然姿を現し、自分たちは敵対陣営による不正行為を受けたと主張した。彼らの多くは、顔を隠した証言者と素顔の証言者を伴い、不正行為が行われたという主張を立証しようとした。しかしその証言者の誰一人として、巨額のカネをもらって不正行為を行ったという、いわゆる「策略」についてしかるべき機関に報告していなかったのである。
最悪の場合、与党に属する彼らは逮捕されるかもしれなかった。この国、あるいはあらゆる文明化された諸国で、不正行為の勧誘は、民主主義的プロセスに違反する重大な罪だからである。したがってこうした人々が勝利を収めなかったのは、理解できることであり、この国にとって最善である。そうでなければ、彼らは民衆に優先する自らの利害に至上の重要性を置く取引政治のために民衆を犠牲にすることになっただろうからである。
投票集計は、さらに泥沼に陥った。全国投票集計局(NBC)を構成する議員たちが選挙管理委員会(COMLEC)と電子的機械投票請負企業(SMARTMATIC)に対し、区域別集計光学的スキャン機(PCOS)がどのように機能するのか(選挙に先立つ活動)を教えるよう求めたためである。しかし最悪なことに、NBCの指導機関(上院と下院の議長)は、この要求はNBCの仕事の範囲を超えたものであると注意を促した。不正行為に関する苦情はNBCではなく適切な場に任されるべきだ、ということになった。そして、NBCが電子的機械投票についての事前のテストを行いつつ、自らの業務を遂行してきたと人々に信じ込ませるために、彼らは、とりわけ「海外からの不在者投票」(OAV)による筆記投票の集計を開始した。しかし、NBCはすぐさま機械的になされた投票の集計という現実にぶつかることになる。
その間、民衆の関心のレベルは、六月三十日までにNBCがこの立憲的機能を終了させうるのかをめぐってきわめて激しく揺り動かされ、いつでも街頭行動に転化しうる。それは現在進行中の問題であり、政治的惨害を引き起こしかねない。
旧政権派救出のための暗闇人事
こうした中でアロヨ陣営は暗闇での任命を続けてきた。アロヨたちが危うくなった時、彼らは、任命は二〇一〇年三月九日に行われたと主張する準備をしている。三月十日は二カ月間の選挙戦が始まる日であり、憲法によればそれ以後五月十日の投票日までは、退任する大統領がどのような任命を行うことも禁じられている。そして再任された者、あるいは任期を延長された者は、その期間を固定されている。つまり憲法は彼らの在任期間を規定しているのである。ここで問題になる事例は、フィリピン娯楽・ゲーム社(PAGCOR)代表とその四人のコミッショナーの来年までの再任である。PAGCORは、国税局(BIR)、関税局に次ぐ政府にとって三番目の収入源であり、その代表と四人のコミッショナーの任期は毎年更新される。新政権が、複雑な弾劾プロセスを開始することぬきに彼らを解任することは、憲法上あるいは法的に困難だろう。
アロヨ陣営のもう一つの暗闇での動きは、数百万ドルの価値のある元ファーストレディーのイメルダ・マルコスの高価な宝石類を売却することである。マルコス一族の不正に得た財産を取り戻すことを任務とし、マルコス一族から取り戻した宝石類の管理者である「善き政府の大統領委員会」(PCGG)は、不正に取得された宝石が公衆の眼にさらされた際に、その査定額を更新する過程にあった。アロヨ陣営はこの暴露に当惑し、PCGGに対してマルコスの宝石の売却を停止するよう命じた。
そしてそれに負けじと、アロヨのお気に入りの国防相と、同等の権限を持つ全国治安顧問は、フィリピン国軍の(AFP)の近代化のために武器、弾薬、設備の購入を命じた。三千億ペソものこうした武器の購入は、あわてて(国防相ノルベルト・ゴンザレスの在任期間があとわずか数カ月という状況で)命じられた。このプロセスは手っ取り早く行われた。かつてと同様にこの購入の質が悪影響を及ぼし、国軍兵士が危険にさらされ、国民の税金が無駄に使われることになるだろう。現在、この兵器購入に関してフィリピンと五カ国の間で覚書にサインがされている。
国際社会は、アロヨ陣営に対して電子投票によるフィリピン政治の全プロセスに従うよう鮮明なメッセージを伝えている。投票集計の故意の遅延、フィリピンの政治的・経済的安定とそこにおける国際的利益に悪影響を及ぼすような暗闇の中での政治的任命が継続する危険への警告である。
フィリピンと外交関係を持つ主要国の大使や代表のほとんどすべては、意図的に外交儀礼を忘却し、(新大統領に決まった)ノイノイ・アキノの家を訪れている。
この外交的訪問は、自分たちの国(そして国際社会)は二〇一〇年五月の選挙で誰が勝ったかを知っており、全国投票集計局が集計作業を終えて正副大統領選の勝者を議会が宣言するか否かにかかわらず、新政権を承認する用意があることをアロヨ陣営に告げることを意味していた。
こうした一連の訪問は、偶然的なものではなくわが国におけるこれら諸国の経済的・政治的利害に基づいたものである。それは中国、スペイン、米国の大使が口火を切ったものだが、その順序は必ずしも彼らの利害や彼らにとってのこの国の重要性によるものではない。
アロヨ陣営と議会、司法機関、行政府におけるその仲間たちは、二〇一〇年六月三十日の最終期限まで、あるいはそれ以後も権力にしがみつく時間稼ぎを行いながら、憲法上の保護を通じて自分たちの足跡を隠し、政治的脅しをかけようとしている。
和平の示唆か地雷の埋め込みか
アロヨ陣営は、次期大統領と彼の執行部に対し、アロヨと彼女の家族への訴追がなされなければスムーズな政権移行ができる、というメッセージを伝える動きを開始した。たとえばアロヨと彼女の夫であるマイク・アロヨの、全国ブロードバンド・ネットワーク(NBN)に関する汚職嫌疑は、オンブズマンによってはらされた(これでもう幾度にもなるが)。その一方で彼女の著名な元仲間たちを法廷に引き出すことについてはゴーサインがだされている。すなわち秘書で前全国経済開発局(NEDA)担当者のロムロ・ネリ、現社会保障制度局(SSS)長官で前選挙管理委員会(COMLEC)議長のベンジャミン・アバロスなどである。
これは、ノイノイ・アキノ上院議員が選挙期間中に行ったアロヨ政権の腐敗した高官たちを訴追して闘うという約束への、アロヨ陣営からの鮮明な回答である。つまりアロヨとその仲間たちはメルセディタス・グティエレス(マイク・アロヨの密接な支持者)のオンブズマンへの再任用、そして最近大いに論議を引き起こしたレイナド・コロナの最高裁長官への任命――彼は六月三十日以後のアロヨとその家族の告発への最終的決定者となるだろう――を通じて、政治的障害物や地雷を設置したのである。
同じ枠組みの中で理解すべきアロヨ陣営のもう一つの動きは、前陸軍偵察レンジャー部隊(エリート部隊)司令官でノイノイ・アキノ上院議員の自由党から上院議員に立候補していたダニロ・リム将軍を仮釈放する命令を発したことである。
リム将軍(米ウエストポイント陸軍士官学校卒業生)は、「ヘロー・ガルシ」スキャンダル(訳注:2004年5月の大統領選挙直後に、アロヨが選管幹部と携帯電話で連絡を取り、投票状況を打ち合わせしたことが明らかになった事件。アロヨは票の不正操作はなかったと弁明したが、疑惑は広がった)の後、アロヨの大統領辞任を要求して別の民主主義勢力に参加したが、二〇一〇年の上院選挙では十五位(上院議席は十二)だった。リム将軍の仮釈放令(保釈金は20万ペソ)はアロヨと国軍参謀長デルフィン・バンギットのノイノイ・アキノ上院議員に対する和平申し入れである。それはバンギットを現在の地位にとどめ、アロヨお気に入りの国軍幹部を維持するためであった。これはノイノイ・アキノ大統領が、フィリピン国家警察(PNP)の現在のトップであるジーサス・ヴェルソーサ長官を二〇一〇年十二月の退任までその地位にとどめる可能性について言及したという文脈の中で、もっとも良く理解できる。ノイノイ・アキノ上院議員の陣営からは、バンギット将軍はアロヨ陣営を支持しない軍人によって置き換えられる、という話も出ている。
他方、議会内の全国投票集計委員会の結果発表が遅れていることについて何が起こっているかの別のメッセージも伝わっている。つまり国の正統なリーダーを自由に選ぶ民主主義的練習の新しい自動集計の形式は、現存システム(政治的・経済的)が変わらない限り、何の意味もないということだ。まず何よりも、政府の政治的構造のあらゆるレベルにおける軍事ボスの存在と、取り引き的な政治のあり方である。
腐敗・汚職のあらゆる形態が根絶されることはないにしても、極小化されないとしたら、どんな民主主義の練習をしたとしても何も起こらないだろう。わが国の人口の五〇%以上が貧困にあえいでいる中で、貧窮の度をさらに強める状況に対してなにごともなすことができないのだとしたら、新しい人気のある大統領が政権についたとしてもなにも達成できない。アロヨ政権が二〇一〇年の国家予算総額一兆四千億ペソのうち約三千億ペソもの赤字を残して去っていき、そのうち今年の推定で二千八百億ペソが汚職によって失われたものとされているのだから、なおさらのことだ。
分かれ道はアロヨ人脈か民衆か
このような中で、ノイノイ・アキノは彼の次期政権を形成しはじめた。彼の親友であり法律顧問であるパキト・オチョア以外にも、古い名前やリサイクルされて使われる人物の名が、アキノ政権の閣僚候補として取りざたされている。たとえばアロヨ政権で社会福祉・開発相(DSWD)だったディンキー・ソリマンは、アキノ政権でも同じ地位につくよう求められており、大統領府和平プロセス顧問官(OPAPP)だったギング・デレスもアキノ政権の下で同じ地位につくよう要請されている。彼もディンキーと同様に、「ヘロー・ガルシ」スキャンダルの際に辞任していたのである。民衆は、こうしたリサイクルされた人物が、今回は真に力強い、民衆中心の政策を行うよう希望しているだけである。
この間、選挙期間中のノイノイ・アキノ上院議員の活動を支援した異なったグループ間の競合関係が、内閣での役職をめぐって作り出される可能性がすでに感じ取られている。それはアキノ政権が選挙中に約束したプログラムの提起と実施について、新政権の機能に大きな影響をもたらしうる。民衆を中心にした政府の政策よりも、これらのグループが自分自身の政治的地位を求めて競い合う危険性は、新政権の中でつねに現れてくるだろう、こうした力学は、前政権が作り出したさまざまな、かつ複雑きわまるシナリオや問題とぶつかりあう中で、新政権の余裕を奪っていくだろう。
行政府の政策を支える法の効果的定式化と実施のための成果を確立することに、現時期の最大の優先性が置かれるべきである。
選挙ならびに上院と下院の指導部の選出に関する力学と課題は、自由党(LP)の統一と確立を解決することであるべきであり、広範な政党間連合を発展させるべきである。
アロヨ陣営によってなされたすべての議員(両院)の資金と配分をめぐる行政府の力と影響力は、二〇一〇年歳出法六十七条の挿入によって新政権を困難にしている。そこでは個々の議員が、いわゆる全国開発プロジェクト基金(PDAF)、あるいは行政の介入ぬきで「地方開発補助金」にアクセスできる。「基金利用可能性への従属」というフレーズはさておき、次期政権は、前政権がPDAFを与えるか与えないかを決め、したがって自分たちのPDAFを利用しようと望む国会議員を完全にコントロールできたのと同様な特権的立場を持ち得ないだろう。アロヨ陣営のこの先行的動きは、次期の下院議長や上院議長を選ぶことで「地方開発補助金」の使用を中立化させ、次期政権の公平性を奪うためのものである。
そしてアキノ政権が下院議長と上院議長を獲得したとしても、グロリア・M・アロヨ下院議員(訳注:憲法上、大統領は再選できないが、退任した大統領は国会議員に立候補できる。今回アロヨ前大統領は下院議員に立候補し当選した)は容易に三〇%ほどの議員数を維持できる。この数は、下院から上院へノイノイ・アキノ大統領の弾劾プロセスを進めるのに十分な数である。
これはアキノ政権がグロリア・アロヨとその家族の告発を進めようとする時にはいつでも、アロヨ陣営がアキノ政権を人質にとることができる究極の安全弁である。
これはアキノ新政権の前途にある困難な時期への具体的な保証である。ノイノイ・アキノ上院議員は、主要にはさる五月十日にはっきりと示されたピープルズ・パワーによってライバル候補に大差をつけ、大統領選に勝利した。彼と彼の政権が、フィリピンで最も不人気な大統領の「さげすみの大地」政策が残した一見して克服しがたい複雑な紛争と問題から生き残ることができる道はピープルズ・パワー以外にはない。そしてアロヨ政権がわが国と民衆に対して行った悪行をアキノ政権が正す道もピープルズ・パワーのみなのである。(2010年5月31日)
(IIREマニラ・ニュースレター第3号、2010年4〜6月号)
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