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       かけはし2010.8.30号

靖国神社周辺での弾圧に対する抗議声明

8・15救援会


 2010年8月15日正午過ぎ、靖国神社での黙祷儀式に抗議した2名が逮捕されるという事件が起きました。救援会は以下のように当日の事件経過を確認しています。
 当日正午前、靖国神社に抗議するために数十名の人々が集まっていました。しかしあまりにも多くの公安警察官と機動隊が行く手を阻んだために抗議行動は中止になりました。そのため抗議に集まった人々は、靖国神社の南門とは逆方向の半蔵門駅に向かって、大勢の警察官に囲まれながら歩道を歩いて帰ることになりました。
 しばらく進んだ頃、右翼団体の車両が抗議者たちの前に突然停まり、車両から人が飛び出してきました。そのときです。周囲を囲んでいた私服刑事のうち2人が Aさんに抱きついたのです。刑事らはAさんを他の人々から引きはがそうとしました。そのため、一時的に混乱が起きます。しかしそれも周囲の人々の抗議によって一旦は収まります。ところが先ほどの私服刑事はAさんの腕を掴んで離さず、Aさんは連れ去られてしまいました。このときAさんは身に着けていたT シャツを破かれています。さらに近くにいたBさんが人々からムリヤリ引き離され、倒されました。そこに4名の警察官がのしかかって暴行を加えています。彼は首を絞められ蹴られ、焼けたアスファルトに額を叩きつけられた上で引きずられています。そしてBさんは頭部と手に怪我を負ったまま連れ去られているのです。
 その後分かったことですが、Aさんは「公安条例違反」、Bさんは「公務執行妨害罪」の嫌疑を不当にもかけられて逮捕されたのです。けれどもAさんは「公安条例違反」に当たるようなことをいっさい行っていません。彼らを含めた抗議者は、行動を中止した後に靖国神社から離れて引き上げる最中であり、警察発表にある「無許可デモ」などおこなっていないのです。さらにBさんに関しては、一部マスコミ(毎日、産経、時事通信)が「警察官に暴行した」などという誹謗を行っています。しかしこれは警察が流す嘘をそのまま報道したものであり、暴行されたのは実際にはBさんなのです。
 これまでも国家権力による民衆への横暴は数限りなく行われてきました。2人の仲間は決して暴力を振るっていません。むしろ暴力を振るったのは警察官です。民衆のものである天下の往来を歩く事を阻み、あまつさえ暴行し閉じ込める。暴力で相手を封じ込めようとしているのは一体誰なのでしょうか。
 私たちはこのような横暴を決して許しません。これは国家権力による人類に対する冒涜であり侮辱です。私たちは不当逮捕に断固抗議するとともに、2名の即時の解放を求めます。

2010年8月17日
8・15救援会(2010)
メール:kyuen_815@yahoo.co.jp
ブログ:
http://blogs.yahoo.co.jp/kyuen_815
「靖国神社周辺での弾圧に対する抗議声明に賛同します」

★賛同
・個人の場合/お名前/肩書き(あれば)/団体の場合 貴団体名/名前の公開の可・不可
★連帯・支援のメッセージをお願いします。
メッセージはブログにアップロードさせて頂きます。
★上記のフォーマットに記入の上、メール:
kyuen_815@yahoo.co.jpにお送りください。
★救援カンパのお願い
弁護士費用をはじめとする諸経費のために、ぜひみなさまのカンパをお願いいたします。
郵便振替で、用紙に「8・15救援会へ」とお書きいただき、以下へお振り込みください。
口座番号:00100―3―105440 「救援連絡センター」




コラム 
星野道夫の生き方


 八月七日、右島一朗の七回忌があり船橋に向かう途中、時間があったので本屋に寄った。そこで、植村直巳と星野道夫の人生を扱ったNHK教育テレビ(8月〜9月)の放送を本にした『こだわり人物伝 植村直己と星野道夫』を購入した。
 星野は一九九六年、カムチャツカ半島で熊の撮影中に襲われ亡くなった。私はこの事件をテレビニュースで知ってはいたが、星野がどういう人かはまったく知らなかった。
 彼は十八年間もアラスカに住みついて、極北の原住民や動物や自然とともに生きて、それを写真に撮り紹介した。植村と星野の共通するところは、原住民との生活をとても大切にして、そこに入って生活しながら「冒険」をしていったことだ。
 星野は何冊かの本を残している。本屋で探して、『旅をする木』(文春文庫)を手にいれた。星野をひきつけたアラスカはとても厳しい環境で、簡単に生物が生活できる場所ではない。しかし、そこに人間が、動物や植物が生活している。
 「植物が生えない極寒のマッキンレーの南側の氷河のクレパスに、オオカミの足跡が点々と残っている。オオカミは何のために、この地を訪れただろうか? 人間と同じような旅をしていたのだろうか? そこが神聖の場所にように思えてならない」と星野は書く。先住民たちも同じだ。なぜ、極寒の地に住むようになったのか。
 また、こんな話もある。一九六〇年、アメリカ原子力委員会がプロジェクト・チェリオットという計画を推し進めようとした。アラスカ北極圏の海岸で、核爆発によって実験的に港を作ろうとした。
 誰一人、この地を知らない原子力委員会はアラスカ大の生物学者に環境アセスメントを依頼した。ビル・プルーイットはアラスカの野生動物の調査にパイロット的役割を果たしていた人物だ。彼はこの計画に反対する意見書をまとめた。それから、彼は大学を追放されたばかりではなく、あらゆる職業につくときに妨害された。彼はアメリカを捨てカナダに移住し、晩年大学教授になった。
 この話はこれで終わらなかった。一九九〇年代に、極秘の中で実験的に埋められた核廃棄物が、実験の中止後も埋められたままになっていたことが明らかになり、周辺の先住民たちをパニックに落としいれた。
 「今振り返れば、プロジェクト・チェリオットはアラスカのエスキモー(まま)にとっても歴史的な出来事だった。なぜなら、有史以来アラスカの原野に散り散りに生きてきた人々が、初めてひとつの民族として団結し、外からの力と闘ったのである」と星野は言う。
 星野の本を読むと、心が癒される。アラスカの氷、満点の星、植物と人間がすべて一体化して存在している。そして、生と死は食物連鎖の世界をつくっている。たった数千年の人類史をはるかに超える長い時間の世界だ。そこから伝えられるメッセージは自然を破壊しながら、発展してきた現代文明社会に警告を発している。    (滝)

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