かけはし重要記事

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北朝鮮による拉致問題                かけはし2002.11.4号より

日本の市民運動と左翼に何が問われているか

金日正体制の崩壊という事態を目前にして

 十月十五日、北朝鮮に拉致されていた日本人五人の被害者が帰国した。連日のように、五人の行動が大きく報道されている。五人の胸にはいつでも、金日成・金正日の将軍バッチがつけられている。金正日らが行った拉致という国家犯罪が五人の特別の仕事から現在も継続されていること、その国家犯罪から逃げることのできない状態に置かれていることが明らかになった。さらに、子どもたちに自分たちが日本人であることさえ伝えていないという。五人が語る新しい事実が伝えられるたびに、金正日らの国家犯罪のひどさが伝わり、怒りを新たにする。

崩壊に向かう金正日支配体制

 われわれがいま、拉致問題でぶつかっている北朝鮮の姿は、かつて、ソ連・東欧崩壊過程でヨーロッパがぶつかったものに類似している。それは東ドイツなどの国家秘密警察による人民支配のひどさであり、密告制度が生んだ人間信頼の崩壊の姿であった。
 一九四九年の中国革命の成立や朝鮮民主主義人民共和国の樹立を、日本の民衆は人類の進歩・貧しい民衆を解放する革命として迎えた。しかし今、日本の民衆は、それとまったく逆の「人権侵害の国家犯罪」のすさまじさに驚かされている。
 北朝鮮は中ソ対立の中で、孤立的政策を選択し、唯一思想=チュチェ思想をもって金日成親子の儒教的軍事独裁体制を強化していった。この結果、あらゆる経済の基盤が一九五〇年代のままに停滞していった。そして、ソ連・東欧の崩壊による貿易(援助)相手国の喪失、九四年から九五年の自然災害も重なり、数百万人の餓死者を出し、国際的援助なしには国家として成立することさえ困難な事態に立ち至った。
 北朝鮮はこれから脱出する道を、アメリカとの関係の改善やEUなど各国との国交樹立、中国・ロシアに求めた。そして、それは二〇〇〇年の歴史的な朝鮮の南北首脳会談として結実した。しかし、アメリカにおけるブッシュ政権成立と対北強硬政策への転換などにより、それ以上の前進はなかった。最後に残されたのが、日本との国交回復により経済援助を引き出すことであった。
 北朝鮮は金正日唯一思想体制を維持したまま、中国型の市場経済を導入する方向に舵をきろうと、七月に一部配給制の廃止などの経済改革を実施し、新義州に経済特区建設の計画を明らかにした。
 しかしこの計画発表後、すぐに新義州の中国人長官が脱税で中国当局に拘束されるなど、場当り的なこうした「改革」も結局失敗にいたろうとしている。極度のモノ不足のもとでの物価大幅引き上げは、ハイパーインフレーションの爆発をもたらしつつある。市場経済は情報の公開・労働者の自由な発想がなければできない。金正日唯一思想体制を維持したままではこれは不可能である。
 「工場の稼働率は最近まで平均二〇〜三〇%以下だったといわれる。エネルギー難、電力難、設備・技術難、原料難、人材難、輸送・通信難など問題は山積み状態である」(田中喜与彦、「週刊金曜日」10月18日)。深刻な食糧難も慢性化し、国連の世界食糧計画(WFP)によると今年も三百万人分が不足しているという。金正日体制の崩壊が始まっている。

市民運動と左翼の反応について


 九月十七日の日朝首脳会談後、この会談の評価が諸方面から出されている。拉致事件は間違っているが、日本政府が北朝鮮敵視政策をやってきたことが問題だとして日本の排外主義反対と主張するもの、拉致事件を認めたのは金正日の英断であると高く評価するもの、あるいはアメリカや日本によって、第二次朝鮮戦争が仕掛けられようとしているとするものなどさまざまだ。
 しかしこれらの旧ソ連派・中国派、そして反スターリン主義を掲げた新左翼などまで、北朝鮮国家がなぜ拉致事件を起こしたのか、北朝鮮国家の反人民性はどのようにつくられたかについて、真正面から取り上げ自らの立場を主張する政治勢力はほとんどない。
 さらに、進歩的・革新的な雑誌であるはずの「世界」なども一貫して北朝鮮擁護の論陣を張ってきた。このことについての自己批判はいまもない。たとえば、雑誌「世界」の編集長だった安江良介は何度も金日成と会って北の体制を擁護していた。
 かつて日韓連帯運動を中心的に担い、ソ連におけるスターリン体制を批判的に分析もしてきた和田春樹は拉致事件について、辛光洙事件をのぞけば北の関与を裏づけるものはないと断言して、拉致家族などの運動に水をかける役割をしてきた。彼は「世界」十一月号で、この点に触れてはいるが、拉致被害者救援運動の足をひっぱった自らの役割を自己批判していない。
 さらに彼は、今回の事態をソ連におけるゴルバチョフ改革と比較しつつ、金正日が軍部保守派ともみあいながら改革をすすめようとしているという驚くべき解説をする。少しでもまともに北朝鮮の金日成親子専制支配体制が確立する過程やその後の独裁支配の実態を知れば、こうした「改革」など幻想にすぎないことが理解できるはずである。
 進歩的知識人や左翼がいかに北朝鮮問題を真正面から取り上げてこなかったか。いかに北朝鮮擁護に堕落してきたか。その結果、右翼・保守派言論人たちに、道をゆずりわたしてしまっているのである。拉致問題という国家犯罪を暴き、被害者家族を支える運動をなぜ、市民派・左翼はできなかったのか。もちろんわれわれ自身も含めて、痛烈な反省・総括がせまられている。

体制崩壊後の民衆を支える闘い

 北朝鮮と同じように、中ソから距離を保って「独自の独裁体制」を作っていたルーマニア・チャウシェスク体制が崩壊した後の一九九五年に、エッセイストの米原万里がルーマニアの首都ブカレストを訪ねた時の印象を、『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』(角川書店)で書いている。
 「荒れ果てた街の風景は、何よりも人々のすさんだ表情と、何かにおびえるような落ち着きのない瞳に衝撃を受けた。その瞳からは独裁体制から自由になった喜びや希望は読みとれない。街も人も、未だにチャウシェスク・ショックから立ち直っていないようである」。
 フランスパリのシャンゼリゼ通りをコピーしようとした工事が途中でストップし、ゴーストタウンとなっていた。目についたのは、大量の野良犬だった。野ねずみを餌にしていたと言う。飢えた人々はその野犬を見て、「ネズミだけは、嫌というほどいるからねえ。あたしたちも、ネズミが食えりゃあひもじい思いをしなくてもすむのかもしれないね」と語ったという。
 いずれ訪れる北朝鮮金正日体制の崩壊を目の当たりにするような記述であった。だれが北朝鮮の崩壊を引き受け再建に向かうのか。
 北朝鮮の場合は、国内にいまの金正日体制を打倒してそれに代わる勢力は存在しない。それほどまでに、金日成路線に反対する部分はつぶされ、民衆は疲弊しきっている。しかし、餓死から逃れるために難民化するしかなかった人々は、金正日唯一イデオロギーから解放された。さらに、そうした人々は国外の情報を国内に伝える役割をしている。情報を閉ざした国家はいつまでも閉鎖国家ではありえない。極端な専制独裁国家を倒そうとする人々の意識は醸成されている。
 そうした北朝鮮の民衆と結びつき、南北統一を引き受けることのできるのは、金大中政権の新自由主義政策と闘う勢力である。ここで、問題なのは韓国の民主派の中で、反金正日、反金大中を明確にする勢力が相対的に少数であることだ。主流派は反米民族派である。この部分は北朝鮮の反人民政策を正面から批判しようとしない。反米自主統一という民族主義的なスローガンには、北朝鮮の反民主的体制をどうするかがない。来るべき北朝鮮の崩壊に際して、グローバリゼーションのえじきとして韓国と多国籍資本による北朝鮮の統合を許すのではなく、北朝鮮の民衆による民主的政権の樹立を助けるような韓国での運動がぜひとも必要である。
 日本の人民の役割はそれを全面的に支えるような運動を作り出さなければならない。日本は、北朝鮮からの難民を受け入れ、北朝鮮に帰国した元在日朝鮮人の自由往来や帰国を引き受けるべきである。北朝鮮の一からの再建にむけた経済援助を全面的に行うべきである。そして何よりも過去の植民地支配を謝罪し補償を行わなければならない。
 そして、沖縄や韓国などアジアからの米軍の全面撤退、アメリカやロシア、中国による核兵器の全面廃棄、北朝鮮の核開発を中止させ、非核アジアの実現、自衛隊の縮小・解体をも実現するような民衆のアジアをめざさなければならない。(10月21日 滝山五郎)


資料 拉致事件に対する在日韓国・朝鮮人の声明

 北朝鮮金日成・金正日専制支配体制による日本人拉致事件は、日本帝国主義の植民地支配の結果として日本に在住するようになった在日韓国・朝鮮人社会に、大きな衝撃を与えた。以下に資料として「在日韓国・朝鮮人の声明」を掲載する(「かけはし」編集部)。

 二〇〇二年九月十七日、日朝首脳会談が開催された。この会談は、日朝国交回復交渉の重い扉を開く歴史的な会談になるはずであった。
 会談で日本側は「拉致問題」「不審船問題」「核兵器開発問題」等の解決を掲げ、朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮という)側は「過去の清算」、とりわけ「経済援助」を求めた。会談後の「日朝平壌宣言」には、日本側の過去のお詫びと経済援助の実施、日本国民の生命と安全にかかわる問題の再発防止、核問題の国際合意の尊重等が盛り込まれ、会議は一定の成果を上げたようだ。しかし、会談の中で金正日国防委員長が、これまで存在しないと主張してきた日本人「拉致事件」を認め、日本社会のみならず、私たち在日韓国・朝鮮人にも大きな衝撃を与えた。
 これまで、北朝鮮は「拉致疑惑」を一貫して否定し、むしろ、「拉致疑惑」は日本側の完全な「でっち上げ」とまで言い張ってきた。また、在日朝鮮人の団体である朝鮮総聯も「でっち上げ」と声を大に主張してきた。結果的に、この両者は社会を欺いてきたことになり、その責任は重大だ。一方、在日韓国・朝鮮人の多くも「拉致問題」には、ほとんど関心を示してこなかった。
 私たち在日韓国・朝鮮人は、日本の朝鮮植民地支配という「不幸な歴史」によって日本に存在するようになった。すでに世代を継いで、在日歴が百年になろうという人も多数存在する。この間、日本人からの抑圧と差別に苦しめられながらも、人間として、民族としての尊厳を守り、歯を食いしばって生き抜いてきた。
 そればかりか、差別を受けながらも、なお在日韓国・朝鮮人の志は高く、近年では閉鎖的な日本社会を多民族・多文化共生社会に発展させ、差別のない平和な社会に導くための理念を提唱している。決して日本人への「恨」だけを抱いて生きてきたのではないのだ。また、日本社会に植民地支配の歴史を真摯に反省するよう、常に働きかけてきた。それは、「歴史の反省」こそが、差別のない平和な社会づくりに繋がると信じてきたからである。
 しかし、北朝鮮による日本人拉致事件は、こうした在日韓国・朝鮮人の志をも踏みにじる卑劣な行為であり、同じ民族として断じて許せない。そればかりか、金正日国防委員長は拉致事件を「不正常な関係にある中で生じた」ことを理由に軽視し、朝鮮国営通信は日本の植民地支配の事例を上げながら拉致事件を正当化する宣伝まで行っている。また、在日韓国・朝鮮人の中にも、植民地支配を引き合いに出して拉致事件を論じる人がいるが、憂慮すべきことだ。被植民地支配の歴史は、未来を豊かにするために用いるものであって、北朝鮮の蛮行を隠蔽するために用いるものではない。朝鮮人側は、こうした態度が「開き直り」としか理解されないことを悟るべきだ。
 さらに、見落としてはならないのが、北朝鮮側が「開き直り」の論拠を、日本の「過去の清算」に置いている点だ。日本は過去の植民地支配を反省したというが、「責任者処罰」「謝罪」「真相解明」「国家賠償」など、すべて曖昧にしてきた。北朝鮮側も、これを真似て、拉致事件の「真相解明」などを曖昧にしようとしているのだ。北朝鮮側は、これで日本側からの反論はないと踏んでいるが、しかし、植民地支配の被害を受けてきた朝鮮民族だからこそ、拉致事件は誠実に「謝罪」と「真相解明」し、そして国家賠償をすべきではないか。拉致事件の「解決」で、未来に禍根を残さぬよう厳しく指摘する。
 北朝鮮による「拉致事件」が白日の下にさらされた今日、在日韓国・朝鮮人が拉致事件について、このまま沈黙を続けることが許されるのか、自問すべきである。同時に、現在の北朝鮮の指導者に、果たして、日本の過去を糾弾し、日朝国交回復を論ずる資質があるのかも問わなければならない。そして、何より拉致被害者・家族の「悲痛な叫び」を真摯に受け止め、手を取り合わなければならない。
 拉致事件被害者・家族の「悲痛な叫び」は、まさに植民地時代に朝鮮民族があげた「悲痛な叫び」であり、その痛みは、在日韓国・朝鮮人もよく知っているはずだ。「国家」ではなく、人間の「痛み」を通して見れば、自国が他国にいかに非道なことをしてきたのかがよく見える。
 最後に、日本人の一部には、拉致事件を悪用して在日韓国・朝鮮人に卑劣な行為を目論む人がいるが、私たちは、これを決して看過できない。拉致事件は、日本に暮らす一人ひとりの胸に刻み、差別と対立を残さない、より堅固な共生社会の実現に生かされるべきなのだ。そのために、在日韓国・朝鮮人の立場から下記の事項を明確にするように求める。


 1.朝鮮民主主義人民共和国は拉致事件の真相を自主的に解明し公表すること。
 2.朝鮮民主主義人民共和国は直ちに拉致被害者の原状回復を計ること。
 3.朝鮮民主主義人民共和国は拉致被害者・家族に対して謝罪と国家賠償を行うこと。
 4.朝鮮民主主義人民共和国の最高責任者である金正日国防委員長らは、拉致事件の責任を取って退陣すること。
 5.朝鮮総聯と関連団体は拉致事件との関わりを調査し、その結果を日本社会に公表すること。
 6.日本政府は、改めて「歴史の清算」を行い、朝鮮民主主義人民共和国側に拉致事件の「解決」の手本を示すこと。
以 上 
【起草者】李敬宰(高槻むくげの会会長)・河炳俊(近江渡来人倶楽部代表幹事)
 上記、「拉致事件に対する在日韓国・朝鮮人の声明」にご賛同くださる在日韓国・朝鮮人を募っています。個人・団体・国籍を問いません。ご賛同いただける方は、(1)お名前、(2)所属、肩書きなど、(3)連絡先(電子メール可)(4)メッセージ(あれば)を書いて下記までご連絡下さい。
〒569-大阪府高槻市城内町1-35 高槻むくげの会 Tel.0726-71-1239 Fax.0726-61-6054


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