「青年戦線」最新号より

2000年9月20日・No.155より

|●沖縄・ 反治安出動闘争の成果を引き継ぎ、21世紀にむけて強力な青年の隊列を
|●反サミット沖縄現地闘争に参加して
| 国境を越えた連帯を実感………………………………………………………ふじいえいご
| 歴史の真ん中を歩いた4日間………………………………………………………大仲 恵
| 沖縄は熱かった(そして暑かった)………………………………………………板橋道雄
|●座談会 少年少女たちの事件をどうみるか
|●日本の農業と三里塚 加瀬 勉さんの提起
|●自治体現場から検証する防災訓練  …………………………………………川野わたる
|●学習ノート ローザ・ルクセンブルクの組織論(2)…………………………中野新一
|●過渡期経済論・労働者国家論(1)  …………………………………………早野 一
|●アジアと日本のいまを考える(2)  …………………………………………志村七蔵
|●映評「人狼(JIN―ROH)」     ………………………………………半田しのぶ
|●連帯を求めて(30) ………………………………………………………………萩原邦彦 


反サミット沖縄現地闘争に参加して

国境を越えた連帯を実感

 ふじいえいご


 昨年、サミットの沖縄開催が決定して、活動をそれなりにしてきた人はみんな頭をよぎったことと思う。「あ、これは大変な闘争になるな…」と。
 かなり早い段階から、戒厳令なみの警備や宿泊施設の確保の困難などが伝えられた。
 「ひょっとしたら、台湾経由でしか沖縄に渡れないかもよ…」「いや、フェリーならなんとかなるでしょ…」「そんなに休みが取れるか!」こんな会話を幾度も交わしたものだ。
 サミットそのものに反対する沖縄現地の動きもなかなか伝わらなかった。五月初めくらいまでは「人間の鎖」しか闘争はないのかも、という話も伝えられた。
 宿泊施設も確保がほぼ無理という話もあった。
 「そうなったら人民キャンプだよ!」。
 うわぁ、大変そうだが、サイコーに面白くなりそうだな……。私は思い浮かべた。サンゴの浜にテントの花が咲き乱れ、海外から来たNGOと討論が広がり、夜は持参したラジカセで、レゲエ、ヒップ・ホップ、ザ・フーの「マイ・ジェネレーション」をガンガンにかける。地元の人が差し入れと三線を片手にやってきて、エーサーが広がる…。
 しかし、残念ながら(?)、アジア連帯講座の参加した「カデナツアー」は旅行代理店のはからいで、沖縄の最高級ホテルに格安で宿泊することになった。しかも公安をホテルの中と周辺に張りつかせないことを約束させてくれたらしい。コーディネートしていただいたAさんに感謝します。

 南部戦跡の靖国化

 那覇空港に降り立つと、もう夜の十二時近くだというのに、総勢五〇名以上の私服刑事のお出迎えだ。空港を出ると道路のそこかしこでの検問。話は聞いていたが、まさに沖縄は「機動隊の要塞」のような状態だ。
 ある検問所では沖縄の人が「ヤマトのオマワリがデカイ面するな!」と抗議していた。これは沖縄の偽らざる気持ちなのだろう。
 初日は南部戦跡をめぐるツアーに参加した。
 しかし、ここでも大量の警官が徘徊している。とりわけクリントンが演説を予定している「平和の礎」は警察が土足で踏み荒らしているようだ。
 後日、この地でクリントンは演説を行ったが、イラク、ユーゴの大量虐殺者が、沖縄の米兵犯罪の最高責任者が、沖縄戦の死者の名前が刻まれた碑を前に「平和」を語るなどということに、言いようのない怒りを感じる。
 それとともに、昨年紛糾した平和祈念館の展示資料改ざん問題に見られるように、「南部戦跡の靖国化」がこのような形でも進行していることにも、警戒していかなければならない。帝国主義による死者の政治利用を許すな!
 ところで、戦跡の案内をしてくれた地元のガイドさんは、翌日の嘉手納包囲行動に参加すると言っていた。組合が強く動員をかけているわけではないが、非番の者はみんな行くだろう、とのことだった。仕事とはいえ、毎日のようにヤマトの人間に戦跡や基地を案内する胸中はどんなものだろう。明日の行動が、沖縄の人々のつもり積もった怒りが一つになる日であることを、あらためて実感した。

 「今日の行動から変えるんだよ」  

 翌日、ついに嘉手納基地包囲行動だ。バスで移動する途中、包囲行動に向かう人々、すでに労組などの旗をフェンスにくくりつけて場所とりをしている人々がい る。手を振るとみんな振り返してくれる。素晴らしい光景だ。こんな感動が、この社会のなか にどれだけあるだろうか。
 仲間を嘉手納の役場前で降ろして、車を読谷村の駐車場において、そこから、読谷の人々の貸し切りバスに便乗させてもらった。バスの中は老若男女、すべての世代がこの行動に参加していることをうかがわせた。
 後ろの座席で、オジーたちが沖縄知事の稲嶺が七月十五日の米兵による性暴力事件への抗議集会に参加しなかったことに触れて、「やはり、(読谷の前村長の山内)トクシンさんみたいな人が知事にならなきゃ、沖縄はダメかねー?」
「そう人に頼るのはダメさー。今日の行動から変えるんだよー」 と話していた。
 もちろん、一回の基地包囲で状況が変わると、オジーたちも甘く考えているわけではないのだろうが、それでも「流れを変える」という強い意思を持ってこの行動に参加しているのだ。「沖縄のマグマ」を垣間見たような気がした。

 嘉手納に戻ると、バス、車、人人人で溢れていて、まるで祭りのようだ。労組動員以外に、やはり沖縄各地から村ぐるみで参加している人々が目立った。
 午後二時、灼熱の太陽の下、基地のほうに向いて手をつなぐ。シュプレヒコールが、あちこちのスピーカーから、こだまのように響き渡った。
「嘉手納基地を包囲したぞ!」
「名護新基地建設を許さないぞ!」
「米軍は沖縄から出ていけ!」
 三十分ごとに三回、基地の包囲に完全に成功した。二万七千人の人の輪は、たしかに「オキナワ」を世界にアピールすることに成功したのではないだろうか。

 君たちのスローガンが一番だ

 二十一、二十二日と連続して、名護市内でのサミット反対集会に参加した。
 沖縄現地の人々の参加は多いとは言えないことに、少し落胆したが、デモが名護の商店街から、市街地を通ると、実に多くの人々が手を振ってくれた。子ども、女性、お年寄り…。なかには、玄関から出てきて手を振る夫婦もいる。 サミットのために動員された「サミット歓迎」のジャンバーを着た人々も少なからず小さく手を振る。
 前日のラジオでは、サミット警備のために観光客が激減して、なんと二十日間もお客を乗せていないというタクシー運転手の話や、漁に出ることができず、四日間で四百万円の損害を被った漁師の話を紹介していた。サミットが終わった後の不安も すでに語られていた。革新政党がサミットに反対しない状況で、このような不満、不安がすぐにデモに参加するというようには、結びつかないのかも しれないが、サミットにおける厳戒警備、帝国主義首脳の欺瞞的な言辞などは、 確実に「沖縄のマグマ」を さらに蓄積させたことだろう。沖縄の闘いの圧殺を目論んだサミット開催は、日米政府にとって裏目に出ることは間違いない。沖縄の闘いこそ「Never End」(サミットのテーマソング)なのだ。
 また、「北」の帝国主義が、「南」の国々に背負わせた債務を帳消しにしろ! と要求する国際的な運動を繰り広げているジュビリー2000のデモに参加したことも、忘れられない。
 ジュビリー2000には、第四インターナショナルの各国支部のメンバーも参加しているが、アジア連帯講座と特に綿密に連絡をとっていたわけではない。「ひょっとしたら、沖縄では同志に会えないかもね」と話していたくらいだ。
 『かけはし』の報告記事にあったが、南アのジュビリーのメンバーがアジ連の「沖縄・日本・韓国からの基地撤去! 資本・軍事のグローバリゼーション反対!」という英文のスローガンに感激して、「明日のデモに来いよ」と声をかけてきたのである。横断幕の宣伝効果をはじめて実感した次第だ。
 南アの彼が言うには
「英文の横断幕は多いけど、なんかPEACEとかそんなので、ふやけてるね。君たちのスローガンは一番STRONGだ」。
こんなオルグされたら、次の日のデモに行かないわけにはいかない。かの横断幕を引っさげて、翌日、反サミットデモに引き続いてジュビリーのデモに合流した。
 世界中から集まった百三十人のデモ(昨年のケルン行動とほぼ同じらしい)は、沖縄の地元紙に大きく取り上げられたこともあってか、取材も多く、沿道からは「何を主張してるの?」と何度も声をかけられた。
 私自身は、ジュビリーの運動にまったく関わったことはなかったが、沖縄の地で国際連帯の闘いに参加し、実現したことは大きな意義を残すし、残さなければいけない。
 それとともに力量があれば、フランスの植民地支配やロシアのチェチェン侵攻などに反対・抗議する行動をサミットにあわせて取り組めればよかったな、という反省点も…。

 沖縄を孤立させない本土での闘い

 沖縄の運動はこの一連の取り組みで、韓国、プエルトリコとの共通性と連帯の必要を学んだ。今度は「本土」の運動が、資本のグローバリゼーションに真に対抗する連帯を模索しなければならない。「世界の労働者の団結」が万能であることは、フランスが、シアトルが、その一端を示したではないか! 私たちの未来はここにだけあるのだ。否、ここにしか存在しない。 
 今回の沖縄行きでもっとも実感したことは、この間の沖縄の闘いの困難な状況は、やはり「本土」の日米安保反対、米軍基地撤去の世論と運動の弱さ、沖縄への無関心が根本にあるのだということだ。
 月並みな結論だが、「本土」で闘う私たちの責任は重い。「沖縄のマグマ」を解き放つ連帯運動をさらにつくりあげていくしかない。沖縄を孤立させない世論と運動を広げれば、この「マグマ」はいつでも爆発するのだ。この確信が、私にとって今回の闘争の最大の成果だ。

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