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|●沖縄・
反治安出動闘争の成果を引き継ぎ、21世紀にむけて強力な青年の隊列を
|●反サミット沖縄現地闘争に参加して
| 国境を越えた連帯を実感………………………………………………………ふじいえいご
| 歴史の真ん中を歩いた4日間………………………………………………………大仲 恵
| 沖縄は熱かった(そして暑かった)………………………………………………板橋道雄
|●座談会 少年少女たちの事件をどうみるか
|●日本の農業と三里塚 加瀬 勉さんの提起
|●自治体現場から検証する防災訓練 …………………………………………川野わたる
|●学習ノート ローザ・ルクセンブルクの組織論(2)…………………………中野新一
|●過渡期経済論・労働者国家論(1) …………………………………………早野 一
|●アジアと日本のいまを考える(2) …………………………………………志村七蔵
|●映評「人狼(JIN―ROH)」 ………………………………………半田しのぶ
|●連帯を求めて(30) ………………………………………………………………萩原邦彦
映画を見て、オチがなければ評価が全く違ったものになっていただろう、などと考えるのはあまり気持ちの良いものではない。そこまでがとても良い話の場合は特にそうだ。
「人狼」は、「攻殻機動隊」などで海外での評価も高い押井守が原作・脚本をつとめたアニメーション作品である。舞台は架空の戦後日本であり、都市問題の悪化によって急速に勢力を伸ばした反政府勢力「セクト」とそれに対抗する武装警察「特機隊」とがしれつな闘いをくり返しており、また権力内部ではひたすら武闘路線を追求する特機隊とそれを押さえ込もうとする勢力が対立しているという少々複雑な設定で、特機隊員の主人公=伏はその渦の中に巻き込まれてゆく。
ある日、任務中に「セクト」のメンバーである少女に目の前で自爆され、それまで犬のように組織に仕えていた伏を大きく動揺させる。少女の墓で彼女とうりふたつの姉(実際にはそうでないことが後半明らかになるが)、雨宮に出会い心を通わせていく……、とここまではとても共感のもてるストーリー展開である。重火器で武装し、国家=資本に対して権利を主張する人間を容赦なく抹殺してきた男が、自分の命を代償にしてまで闘う少女、そして雨宮と出会うことによってはじめて自身の「職務」の正当性に疑念を持ち苦悩するさま、そして雨宮に心を開いてゆく様子が、かつてあったであろう昭和三十年代の景色の中で丁寧に描かれているし、なにより学生・労働者が街頭で権力と極めて戦闘的にぶつかりあう場面は当時を知らない私にとって新鮮だったし又、素朴な憧憬を抱かせるものだった。
しかし、後半、雨宮が反特機隊一派のスパイであることが分かり、結局伏は上官に命令されるがままに雨宮を射殺してしまう、という展開はそれまでの「感激」を一気にしぼませるのに充分なものだった。
なぜ、あれだけ愛した雨宮を殺すのか? 伏の苦悩はどうなったのか? そういった観客の問いにこの作品は結局答えていない。第一、伏の内面が劇中ではほとんど描かれないため、ラストシーンでの彼の行動が唐突で乱暴なものになってしまう。劇中何度も繰り返される「赤ずきんと狼」やら「獣としての宿命」といった暗喩もその不条理な展開を補完してはいないし、むしろ作品自体をうさん臭くしてしまっている。「組織の論理に逆らえなかった人間」、などという陳腐極まるものしか描いていないとしたら観客を愚弄しているし、そうではなくて衒学的メタファーでもって権力や体制を飾りたてて、伏や雨宮が組織のくびきから逃れられなかった、いわば二人の滅私奉公を美しいものに仕立て上げようというならば、造り手(実質的には押井守と言っていい)の品格を疑わねばならないのではないか? おりしも世間では国家体制を強化し、いやでもそれに縛ろうとする動きが加速しているのである。この作品が多くの観客を引きつけ(単館上映作品の中では三週連続観客動員数一位)、そしてその人達がこの作品を美しい悲劇として受け止めていることは決して無視できるものではないだろう。
実際この作品の底流をなしているのは、押井守個人が抱えるの権力へのフェティシズムや本人が参加できなかった過去の大学闘争、加えて自身の子供時代の町並みに対する郷愁やルサンチマンであって、その全てを都合よく同居させたいがためにパラレルワールドとしての「戦後」(占領軍はアメリカ軍ではなくドイツ軍だ)を物語の舞台として設定しただけなのだろう。延々とどこにも存在しなかった「過去」の東京をさまよう伏と雨宮がいつ果てるともない謎かけに終始している様も、まるで創り手が赤ずきんと狼の物語に決着をつける気のない事を告白しているかのようだ。そこにあるのは都合よく捏造された「過去」への耽溺であり、回帰願望以前の夢想に過ぎない。
捏造された過去への耽溺、権力へのフェティシズム、「滅私奉公」、これらがヤミ鍋の如く放り込まれたこの映画が、多くの人の支持を受けてしまっている事実に我々は敏感にならねばならない。なぜなら、これが支持される土壌は石原慎太郎などの反動勢力を支持する土壌へと転化する可能性を含んでいる。
石原慎太郎がかつての「戦後日本の栄光」を象徴し、それが根強い石原人気を支えていることを忘れてはならないだろうし、彼が体現しようとしている(自衛隊治安出動訓練などに代表される所の)マッチョイズム的な権力主義もまた同様である。「人狼」がなぜ大衆の支持を集めたのか、最近のアニメブームという文脈をこえて我々は考え、叛撃していかなければならないだろう。 |
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