かけはし重要記事

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拉致問題をめぐる討論                かけはし2002.12.9号より

「かけはし」滝山論文と「週刊金曜日」のインタビューについて

稲垣 隆(福島)


 日朝国交正常化交渉は、日本政府の一時帰国という日朝間合意破棄により暗礁に乗り上げた。最初から危惧していたことが現実になった。家族会の「ようやく取り戻した」という感情は理解できるにしても「第四に、国家と関係なく、拉致問題は解決しない。北朝鮮という国家が犯した犯罪、そしてそれを放置してきた日本政府。この責任を取るのは『国家』である」――滝山論文――相手が盗人国であろうともようやく交渉のテーブルに着き一時帰国から始まったのだから約束は守るべきである。滝山論文がいみじくも言うように、それが国家と国家の外交交渉であろう。
 盗人国だから約束を破っても良いということにはならない。それなら最初からそういう(原状回復)要求をすべきである。「国家」と「国家」の外交交渉は一つ一つ解決していく問題である。マスコミの感情的、情緒的報道にはうんざりである。もっと冷静に客観的にとらえてもらいたい。家族会の感情に拝跪することもないだろう。家族会の周りにはいまも前も右翼的、排外的な「拉致議連」「救う会」がいることを見ておくべきだろう。何よりも小泉首相、政府は「下手糞」と言いたい。

「週刊金曜日」は悪くない

 十一月十四日「週刊金曜日」の曽我ひとみさんの家族へのインタビューへの「北朝鮮の意向を代弁するもの」等々のバッシングへ当初から情報が極端に少ない現状で報道するのがなんで悪いと思っていた。しかし読まなくてはまずいと思い、今日買ってきて読んだが意見は変わらない。
 「どんな報道も誰かに利用される。北朝鮮に残る拉致家族へのインタビューも、北の思惑を承知しながら掲載した旨、編集あとがきに書かれている」。原寿雄(ジャーナリスト)「週刊金曜日」、十一月二十二日号。タブーに挑戦し真実を報道するのがジャーナリズムである。原さんが「どんな報道も誰かに利用される」と書いているが、そんな報道でも真実をいくらか見ることができるのだ。それは読む人の判断なのだ。
 滝山論文は家族インタビューを「近年、犯罪被害者に対してさらなる打撃を与えるようなマスコミ報道が問題となった(東電OL殺人事件で被害者のプライバシーをあばきたてた例や松本サリン事件の被害者河野義行さんをサリン事件の犯人扱いにした例などあげたらきりがない)」と東電OL殺人事件被害者、松本サリン事件の被害者河野義行さんの報道と同列に置くが、ぜんぜん性格が違う。「曽我ひとみさんは『週刊金曜日』の記事に『私は怒っている』と伝えてほしいと報道された」と滝山論文は書くが、それは清野正男新潟県議が言ったことだ。滝山氏はそれを信用するのだろうか。裏をとったのだろうか。私もTVをみていたが清野県議は他にもずい分間違ったことを言っていた。「週刊金曜日」のインタビューを批判する前にマスコミの異常な画一的な情緒的な感情的な報道を批判すべきである。
 北朝鮮問題は、金日成、金正日体制がどのようにして歴史的に形成されたのか。その歴史的解明までさかのぼって論じられなければならない。十一月二十四日に、福島県で「拉致問題と北朝鮮の現状」について「かけはし読者会」が行われたが、その辺は今後の課題として残った。

帝国主義への批判を

 われわれの対決軸ははっきりしなければならない。金正日体制への批判はもちろん、米日帝国主義への批判を強めるべきである。二つの滝山論文は小泉政権と奇妙に一致する。
 私は一時「週刊金曜日」の読者会をやって、現在は定期購読していないが、十一月二十二日号の「私たちはなぜ掲載したのか」と「私はこう思う」、十一月二十九日号「北朝鮮報道を考える」を読んでほしい。
 なお、十一月二十五日号「かけはし」滝山論文の「週刊金曜日」の黒田編集主幹は黒川編集主幹の誤りである。




稲垣隆さんの見解とわれわれの運動の立脚点について

                              滝山 五郎


 今回の北朝鮮国家による拉致事件で、稲垣さんは「交渉のテーブルに着き一時帰国から始まったのだから約束は守るべきである」と言うが、「一時帰国」は被害者本人や日本にいる被害者家族が要求したものではない。拉致被害者家族会の要求は、最初から「原状回復」、すなわち被害者あるいはその家族を日本に帰して欲しいというものであり、「一時帰国」などというものではなかった。
 重要なのは、加害者である北朝鮮政府が無条件に被害者の要求を受け入れることなのだ。これは「生存」とされる五人の問題だけでなく、「死亡」とされた拉致被害者や、あるいは拉致被害者の可能性があるとされる家族たちの安否情報要求なども同じだ。稲垣さんの言う「外交問題でお互いに了解したのだから守れ」と言うなら、日朝宣言が北朝鮮への戦後補償を放棄した部分も認めることになってしまうだろう。

被害者を防衛する立場

 「週刊金曜日」報道をめぐって、「タブーに挑戦し真実を報道するのがジャーナリズムである」と稲垣さんは主張するが、被害者が自らの要求を掲げて加害者(北朝鮮政府)と闘っている時に、被害者を分断し動揺を与えるような報道がどうして「タブーへの挑戦」などと言えるのか。稲垣さんが拉致被害者救援運動をやってきた立場からいろいろ提言をするのなら一理あるが、私も含めて多くの人がそうした運動を無視し、ひどい場合は「拉致はなかった」として敵対してきたことをどう総括するのか考えるべきである。
 二十数年にもわたって拉致被害者が世論の冷たい無視にあって、苦労に苦労を重ねてようやく安否情報を出させ、家族との再会を果たした。運動的にはほんの第一歩にすぎないのだ。もうこれ以上被害者・家族に打撃を与えるようなことだけはやめようではないか。

掲げられるべき要求

 「金正日体制への批判はもちろん、米日帝国主義への批判を強めるべきである。二つの滝山論文は小泉政権と奇妙に一致する」。
 この主張は、稲垣さんが北朝鮮民衆が陥っている深刻な事態について十分に理解していないところからくるのだろう。
 金正日唯一思想体制は政治的人権のまったくない独裁国家であり、この数年間で何百万人も餓死させたような国家である。そして現在、国家としても崩壊がますます進んでおり、二千万人の国民は事実上の棄民となり、専制独裁の特権階層数百万人のみが生き延びようとしている国家でもある。こうした状態から一刻も早く民衆を解放できるか。これが緊急に問われていることだ。
 私たちが新しい社会をめざして闘う上で、イスラム原理主義や金正日体制による民主主義の破壊を徹底的に批判することはきわめて重要だ。北朝鮮をめぐる排外主義との闘いは、金正日体制の批判と一体となって行われるべきだ。日本は天皇制国家としての排外主義的土壌と日米安保体制があり、金正日の圧政はそれに勢いをつけさせている。金正日の圧政が暴かれれば暴かれるほど、この排外主義土壌が膨張し、右翼的傾向は増長する。われわれ自身が最も徹底した民主主義の擁護者として闘いぬかないかぎり、右翼排外主義を打ち破って民衆を獲得することは絶対にできない。この関係をきちんとおさえることが重要だ。このような観点から、石原都知事の対北朝鮮戦争発言や民族学校などへの脅迫など在日への排外主義的暴力と対決しなければならない。
 北朝鮮の民衆を救うために、次のような要求を掲げる必要がある。
 @アメリカは北朝鮮への軍事的圧力をやめよ。民衆にとどくような人道的援助を行えA原発推進のKEDOの枠組みではなく、エネルギー問題解決へ韓国・北朝鮮の協力体制の確立をB日本政府は戦後補償にもとづく賠償を行え。北朝鮮民衆のもとに届く緊急の食糧援助を行えC北朝鮮政府は食料がすべての人にとどく体制を作れ、人権抑圧をやめよ。言論・結社の自由をD日朝国交回復と自由往来の実現E朝鮮半島における大幅な軍事力の削減を。
 さらに、具体的な政策が要請されている。@NGOによる北朝鮮の一般の民衆の所に行き届くような食糧支援A脱北者を保護し救援する中国・韓国・日本の連携した体制作りB北朝鮮への帰国事業で帰っていった九万七千人で希望者の日本への帰国と支援体制C日本に帰国している脱北者の支援体制の確立――などである。

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